これまで、ティラノサウルス・レックス(Tレックス)の幼体だと考えられてきた小型の恐竜化石が、実は「新種」のTレックスだったことが明らかになりました。
この発見は40年以上にわたる古生物学界の論争に終止符を打ち、私たちが思い描いていた恐竜時代の生態系に、より多様で競争的なドラマを加えるものとなりました。
今回の「ナノティラヌス」という謎めいた恐竜は、ついに独立した小型のティラノサウルス科恐竜として認められ、Tレックスの成長や進化の“定説”までも揺るがし始めています。
研究の詳細は米ノースカロライナ州立大学(NCSU)により、2025年10月30日付で科学雑誌『Nature』に掲載されました。
目次
- 40年も続く論争、決着の時
- 恐竜時代の生態系と進化の再構築
40年も続く論争、決着の時
ティラノサウルス・レックス(Tレックス)は、恐竜の中でもひときわ注目を集める存在です。
その巨大な体と強力なあご、そして王者の名を冠したイメージから、数多くの映画や書籍で“地上最強の恐竜”として描かれてきました。
一方で、Tレックスの「子ども時代」については長らく謎が多く、発見される小型のティラノサウルス科化石が「Tレックスの幼体なのか、それともまったく別の恐竜なのか?」という議論は、40年もの間、古生物学者たちの間で続いてきました。
この論争の中心にあったのが、1942年にアメリカ・モンタナ州のヘルクリーク層で発見された小型の恐竜頭骨でした。
この標本は1988年に「ナノティラヌス・ランケンシス(Nanotyrannus lancensis)」と命名されましたが、長らくその“全身”は知られていませんでした。
また、同じヘルクリーク層から発見された「ジェーン(Jane)」と呼ばれる小型骨格も、急速に成長途中で死亡した若いTレックスだと考えられてきました。

ところが近年、通称「決闘する恐竜(Dueling Dinosaurs)」として有名な化石セットの中から、ほぼ完全な小型ティラノサウルス科の骨格が新たに発見され、事態は一変します。
研究チームは、この標本を詳細に分析。
実際の映像がこちら。
骨の成長線や脊椎の癒合度、発生解剖学的な特徴をもとに、死亡時の年齢や成熟度を推定したところ、この小型恐竜はなんと20歳近く、ほぼ成体だったことが明らかになったのです。
体重はTレックスの10分の1程度しかなく、前肢が長く、歯の本数や骨格の特徴もTレックスとは明確に異なっていました。
これにより、これまで「Tレックスの子ども」と考えられてきた化石群の一部は、実は「ナノティラヌス」という小型の新種であり、成体になってもTレックスのようには巨大化しない、独自の進化を遂げた恐竜だったことが証明されたのです。
恐竜時代の生態系と進化の再構築
この発見は、Tレックスの成長史や生態だけでなく、白亜紀末の北米大陸に広がっていた生態系のイメージそのものを大きく塗り替えました。
ナノティラヌスは体重700キログラム程度と、Tレックス(成体で8000キログラム前後)と比べるとまさに“ミニチュア版”ですが、その特徴はまったく異なります。
素早く俊敏で、発達した前肢と鉤爪を持ち、素早く獲物を捕らえる戦略に特化していました。
一方、Tレックスは巨大な頭と強力な咬合力、バナナ型の歯を武器にしており、より重戦車型の捕食者です。
両者が同じ時代・同じ地域で共存していたということは、最後の恐竜時代の生態系が、より多様で競争的だったことを意味します。

また、チームは200体以上のティラノサウルス科化石を比較し、「ジェーン」など他の小型骨格にも注目しました。
その結果、ジェーンはナノティラヌス・ランケンシスともTレックスとも異なる特徴を持ち、さらなる「新種(ナノティラヌス・レタエウス)」である可能性も示唆されています。
このように、Tレックスの幼体だとされていた化石群の多くが、実は別種の独立した肉食恐竜である可能性が高まりました。
これまでTレックスの成長や生態を理解する手がかりとして使われてきたナノティラヌスの化石データは、今後は“誤った前提”として再検証が求められることになります。
参考文献
Decades of T. Rex Research Flipped: ‘Teacup Tyrant’ Confirmed as Separate Species
https://www.sciencealert.com/decades-of-t-rex-research-flipped-teacup-tyrant-confirmed-as-separate-species
‘I was wrong’: Dinosaur scientists agree that small tyrannosaur Nanotyrannus was real, pivotal new study finds
https://www.livescience.com/animals/dinosaurs/i-was-wrong-dinosaur-scientists-agree-that-small-tyrannosaur-nanotyrannus-was-real-pivotal-new-study-finds
元論文
Nanotyrannus and Tyrannosaurus coexisted at the close of the Cretaceous
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09801-6
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
