NASAが宇宙空間で「鉛筆」を使おうとしなかった理由とは?

NASA

ネットの有名なコピペ文に、「宇宙でボールペンが使えないことに気づいたNASAは、長い年月と巨額の費用を投じて宇宙でも使えるボールペンを開発した。一方ソ連は鉛筆を使った」という内容のものがあります。

確かに面白いオチのコピペですが、これは真実なのでしょうか?

実際、人類は宇宙進出の中で微小重力下ではインクが浮いてしまってペン先に落ちず、ボールペンがうまく使えないという問題に直面しました。

そして、NASAは実際に宇宙で使えるボールペンの開発に挑戦しています。

ただ、事実と異なるのは実際に開発に成功したのはNASAではなく、また宇宙でボールペンを求めたのはソ連も同様だったという点です。

NASAもソ連も、宇宙ではインクいらずで確実に字が書けるはずの鉛筆を使おうとせず、一貫してボールペンにこだわりました。

それは一体なぜだったのでしょう?

そして宇宙でボールペンが使えないという問題はどのように解決を見たのでしょうか。

目次

  • なぜ宇宙空間で「鉛筆」を使わなかったのか?
  • 宇宙で文字が書ける「フィッシャー・スペースペン」の凄さとは

なぜ宇宙空間で「鉛筆」を使わなかったのか?

実は、有人飛行に成功した当初、NASAと旧ソ連の宇宙飛行士たちはともに船内で鉛筆を使っていたといいます。

ところがすぐに問題が浮き彫りになりました。

鉛筆を削るときに発生する黒鉛や木くず、あるいは字を書いている最中に折れてしまった芯が船内に浮遊してしまったのです。

これは極めてデリケートな機械を搭載している宇宙船にとって好ましくありません。

例えば、導電性の高い黒鉛が機械の隙間に入り込むと故障の原因となりますし、乾燥して燃えやすい木くずは船内での火災を引き起こしかねません。

それゆえに鉛筆を使うのは断念せざるを得なかったのです。

1962年の有人飛行ミッションで支給された黒鉛を使ったペン
1962年の有人飛行ミッションで支給された黒鉛を使ったペン / Credit: Smithsonian Institution – Knee Note Pad : Friendship 7

そこでボールペンに取って代わられたわけですが、ここにも問題がありました。

地球の重力下ならインクがちゃんとペン先へ落ちていくのですが、宇宙の微小重力下ではインクが浮いて出にくくなったのです。

皆さんも安物のボールペンを買って、書いても書いてもインクが出ない経験があるでしょう。

あれと同じようなことが起こったと思われます。

ここでNASAは宇宙空間でも安定して使えるボールペンの開発に着手しますが、研究と開発にかかるコストが高騰したため、プロジェクトを早々に中止しました。

「人類は宇宙で字が書けないのか」と追い込まれた矢先、救世主が現れます。

アメリカのペン製造業者であるポール・C・フィッシャー(Paul C. Fisher)が1965年に同僚たちと協力して、宇宙空間でも安全かつ安定して使えるボールペン「フィッシャー・スペースペン(Fisher Space Pen )」を独自に開発したのです。

それはどんな仕組みになっていたのでしょうか?

宇宙で文字が書ける「フィッシャー・スペースペン」の凄さとは

フィッシャー・スペースペンは、内部に封入された窒素ガスの圧力によって、微小重力下でもインクがペン先へと安定して移動する仕組みになっています。

そのおかげで船内の宇宙飛行士がどんな体勢にあっても確実に字が書けるのです。

また特殊な粘着性の強いインクを使用しているため、乾燥することがなく100年以上の保管も可能とのこと。

加えて、水に濡れた紙にも油で汚れた紙にも字が書けます。

さらにマイナス34℃からプラス121℃の温度環境にも対応しており、まさに宇宙で字を書くには最適なボールペンです。

フィッシャー・スペースペン
フィッシャー・スペースペン / Credit: ja.wikipedia

その後、フィッシャー・スペースペンはNASAの厳しい検査をクリアし、正式に宇宙飛行士が使用するボールペンとして採用されました。

1968年のアポロ7号のミッションでデビューし、それ以降も宇宙船内での筆記にはすべてフィッシャー・スペースペンが使われています。

実はフィッシャー・スペースペンは私たち民間人も購入できますが、1本1万円以上するものが多いです。

お財布に余裕のある方は、こちらのPellePennaをご覧ください。

2023年現在はどうなっている?

フィッシャー・スペースペンは今も現役で活躍していますが、技術が発達した昨今では、宇宙飛行士にもより多くの選択肢があります。

例えば、木製ではなく機械式の鉛筆、つまり「シャーペン」を使っているクルーもいるそうです。

それでも黒鉛のゴミが出ることに変わりありませんが、今では技術の進歩により、船内に高性能の濾過システムが搭載されており、そこで潜在的に危険な粒子や破片を効率的に取り除くことができるという。

さらに現代人はわざわざペンで書かなくても文字を残す技術をすでに手にしていますね。

そう、タブレット端末です。

現在はマニュアルも船内作業の手順書もタブレット端末で見ることができ、宇宙飛行士たちはタブレットを使ってスケジュールや作業手順を確認しながら、日々の活動を行っているそうです。

実験の手順をタブレットで確認する星出彰彦(ほしで・あきひこ)宇宙飛行士
実験の手順をタブレットで確認する星出彰彦(ほしで・あきひこ)宇宙飛行士 / Credit: JAXA/NASA – 星出宇宙飛行士ウィークリーレポート Vol.10(7/5~7/11)(2021)

このように地球とは環境の異なる宇宙空間では、ペン一本にも慎重になる必要がありました。

ちょっとしたゴミによる機械の故障や誤作動のせいで、クルーたちの命が失われかねないからです。

地球のルールが通用しない宇宙において人類はあらゆる物に気を配らなければなりません。

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参考文献

Why Wouldn’t NASA Want to Use Pencils in Space? Here’s The True Story
https://www.sciencealert.com/why-wouldnt-nasa-want-to-use-pencils-in-space-heres-the-true-story

星出宇宙飛行士ウィークリーレポート Vol.10(7/5~7/11)
https://astro-mission.jaxa.jp/hoshide/report/210714-072935.html

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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