ISSを「不潔にする」と宇宙飛行士が健康になる可能性

免疫

地上約400キロの上空にある国際宇宙ステーション(ISS)。

そこで生活する宇宙飛行士は、無重力の影響だけでなく、意外な健康リスクに晒されていたようです。

このほど、米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の最新研究で、ISS内部は微生物の多様性が低く、極端に清潔すぎることが明らかになりました。

この過度な清潔さが免疫機能の低下慢性炎症の原因になっている可能性があるという。

そこでISS内を多少「不潔にする」ことで、逆に宇宙飛行士の健康が改善されると見られています。

研究の詳細は2025年2月27日付で科学雑誌『Cell』に掲載されました。

目次

  • 適度に汚い場所の方が健康になる⁈
  • ISSは清潔すぎ!不潔にすることで健康改善できる可能性

適度に汚い場所の方が健康になる⁈

私たちは「清潔であることは良いこと」と考えがちですが、必ずしもそうとは限りません。

近年の研究によると、現代人の都市生活では微生物への曝露が減りすぎたため、アレルギーや自己免疫疾患が増えていることが分かっています。

これを証明するように、農村部で育った子どもは、都市部で育った子どもよりもアレルギーや喘息になりにくいという研究があるのです(Nature, 2014)。

これは土壌や動物に触れることで、多様な微生物に適度に晒され、免疫系が適切に刺激されて強化されるからだと考えられています。

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Credit: canva

その一方で、ISSは宇宙空間に漂う完全に密閉された環境であり、宇宙飛行士は自然由来の微生物にほとんど触れません。

また、ISSでは定期的に強力な消毒が行われるため、地球から偶然に運ばれてきた微生物もほとんどが死滅していると考えられます。

実際に宇宙飛行士はISSの滞在中に、免疫機能の低下や皮膚の炎症、その他の炎症性疾患を頻繁に経験しているのです。

そこで研究チームは今回、宇宙飛行士と協力して、ISS内部の微生物の多様性を明らかにする大規模調査を実施しました。

ISSは清潔すぎ!不潔にすることで健康改善できる可能性

今回の研究では、宇宙飛行士にISS内部の異なる803箇所の表面を綿棒で拭き取ってもらい、それを地球に持ち帰りました。

その後、研究チームは各サンプルにおける微生物の多様性や化学物質を解析。

またISS内部の3Dマップを作成し、どのモジュールにどの微生物や化学物質が存在するのかを詳細に分析しました。

これは過去に行われたISSの微生物調査の約100倍の規模になるといいます。

その結果、ISSの微生物環境には次のような特徴があることが明らかになりました。

1:ISS内部は微生物の多様性が極端に低い

地球の閉鎖された建築環境(病院や都市部の家屋)よりもさらに微生物の種類が限られていた

2:ISSの微生物はほとんどが人間由来

ISSで見つかった微生物は、宇宙飛行士の皮膚や消化管由来の細菌が大部分を占めていた

3:モジュールごとに異なる微生物のパターン

食事エリアには食品関連の微生物が多く、トイレ周辺には尿や糞便由来の微生物が多かった

4:消毒剤の使用が微生物の多様性を減少させている

ISSでは強力な消毒剤の化学物質が多く検出されており、その影響で環境中の微生物が大幅に減少していると推定された

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上:食事スペースでは食品関連の微生物が、トイレスペースでは排泄物に関連する微生物が多い。下:居住環境ごとの微生物の多様性レベル(緑)と化学物質のレベル(水色)/ Credit: Rodolfo A. Salido et al., Cell (2025)

そこで研究者たちは、ISSの微生物環境を「適度に汚す」ことが宇宙飛行士の健康にとって有益かもしれないと考えています。

これは「地球上で園芸や農作業が免疫を強化するのと同じ原理」だといいます。

実際、土壌には健康に良い微生物が豊富に含まれており、これらの微生物に触れることで、免疫系が適切に活性化されることが分かっています。

したがって、ISSでも「良い微生物」を導入することで、宇宙飛行士の健康を改善できる可能性があるのです。

具体的には、

・ガーデニングなどで、土壌や植物由来の微生物をISSに持ち込む

・微生物を含む空気清浄機を導入する

・宇宙飛行士が育てた植物の周囲に自然な微生物環境を作る

といった方法が考えられます。

またISSに限らず、地球上の病院や都市部の住環境でも、過度な消毒を避け、適度な微生物環境を維持することが健康に良い可能性があります。

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Credit: canva

今回の研究は、一般的に定着している「清潔であることは良いことだ」という常識に疑問を投げかけるものです。

もちろん、適切な衛生管理は重要ですが、「清潔すぎる環境」がかえって健康に悪影響を与える可能性があることを考慮する必要があります。

またこれはISSだけに当てはまることではなく、私たちの日常生活にも同じことが言えます。

過度な消毒や掃除で家の中を清潔にするよりも、多少掃除をサボって、庭先でガーデニングをすると免疫力がアップするかもしれません。

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参考文献

The ISS is overly sterile: Making it ‘dirtier’ could improve astronaut health
https://phys.org/news/2025-02-iss-overly-sterile-dirtier-astronaut.html

元論文

The International Space Station has a unique and extreme microbial and chemical environment driven by use patterns
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.01.039

ライター

千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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