「塩をやめたいので、何か代わりになる食事メニューを教えて」
そんな思いつきから始めた“自己流の実験”が、思わぬ精神症状を招きました。
米ワシントン大学(UW)はこのほど、ChatGPTの助言を鵜呑みにして塩化物の代わりに臭化物を摂り続けたアメリカ在住の60歳男性が、被害妄想や幻覚で救急搬送されたと報じました。
診断は20世紀初頭には珍しくなかった「臭素中毒(ブロミズム)」だったとのこと。
研究の詳細は2025年8月5日付で科学雑誌『journal Annals of Internal Medicine: Clinical Cases』に掲載されています。
目次
- AIの一言から「珍しい中毒」へ
- AIは正しい医療アドバイスができない
AIの一言から「珍しい中毒」へ

60歳の男性は健康志向から塩分(塩化ナトリウム)を減らそうと考え、さらに一歩進めて「塩化物そのものを除く」方法をChatGPTに質問しました。
返ってきたのは「塩化物は臭化物で置き換え可能」という回答でした。
男性はネットで入手した臭化ナトリウムを“塩代わり”に3か月使用したといいます。
しかし、その食事メニューを続ける中で、男性に異変が起き始めます。
男性は「隣人が私に毒を盛ろうとしている」という強い被害妄想を抱き始め、幻聴・幻視が出現したので、病院を受診。
既往歴や服薬歴はなく、バイタルと身体診察はおおむね正常でしたが、検査では高クロール血症(Cl 126 mmol/L)、陰性アニオンギャップ(−21 mEq/L)、低リン酸血症、重炭酸塩上昇などが判明。
静脈血ガスは、代償性呼吸性アシドーシス+代謝性アルカローシスという所見でした。
入院初日から妄想が悪化したため精神科に強制入院となり、リスペリドンで加療。
中毒管理部門と相談のうえ、正常ナトリウムで陰性アニオンギャップを示す状況などから臭素中毒が最有力となりました。
のちに専用検査で血中臭化物 1700 mg/L(基準0.9〜7.3)を確認し、診断が確定しました。
治療は静脈内輸液と電解質補正が中心で、入院3週間の経過でクロール値とアニオンギャップは正常化。
精神症状も消失し、退院前にリスペリドンは漸減・中止、退院2週間後も安定していました。
AIは正しい医療アドバイスができない
臭素中毒は、かつて市販薬に臭化物塩が広く含まれていた時代にはよく見られ、精神科入院の最大8%に関与していたと推計されます。
しかし1975〜1989年に米FDAが臭化物の使用を廃止して以降は急減しました。
それでも近年、サプリや臭化物含有の鎮静薬、デキストロメトルファン過剰摂取などによる症例報告が再浮上しています。
今回の症例では、検査法も診断を難しくしました。
多くの施設で用いられるイオン選択電極法(ISE)は、臭化物が高濃度に存在するとクロールが高く“見える”(偽性高クロール血症)ことが知られています。
確定にはICP-MSによる臭化物の直接測定が有用です。

そして見逃せないのがAIの限界です。
著者らが再現的にChatGPTへ「塩化物の代替」を尋ねたところ、回答に臭化物が含まれていました。
健康上の具体的警告や意図確認はなく、医療専門家なら言及しない可能性が高い選択肢が“提案”されていたのです。
AIは情報アクセスの橋渡しとして期待される一方で、文脈を欠いた助言が誤用・過量摂取を招くリスクがあります。
医療者側も、患者がどこから健康情報を得ているのかを丁寧に確認する必要があります。
幸い、臭素中毒は摂取中止と適切な治療で可逆的です。
今回も生理食塩水による利尿などで改善しました。
男性は経過中、顔面のにきび、倦怠感、不眠、軽度の運動失調、多飲といった所見も示し、教科書的な症状の組み合わせが最終的な確信につながりました。
AIは現代の情報社会において強力な相棒になり得ますが、専門家の判断を置き換えるものではありません。
特に摂取・投与に直結する助言は、一見“もっともらしく”ても取り返しのつかない結果を招くことがあります。
健康に関わる疑問は、まず医療専門職に相談し、AIの回答は裏どりをしてから取り入れる——この当たり前を、もう一度徹底したいところです。
参考文献
Man Hospitalized With Psychiatric Symptoms Following AI Advice
https://www.sciencealert.com/man-hospitalized-with-psychiatric-symptoms-following-ai-advice
Man Hospitalized After Taking ChatGPT’s Health Advice
https://www.medpagetoday.com/emergencymedicine/emergencymedicine/116975
元論文
A Case of Bromism Influenced by Use of Artificial Intelligence
https://doi.org/10.7326/aimcc.2024.1260
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部