女性のADHD(注意欠如・多動症)は、不注意傾向が目立ち、診断が遅れたり周囲に気づかれにくかったりすることが多いとされています。
しかし実は、彼女たちが「もっと人に伝えづらい難しさ」も抱えていることが、最近の研究から明らかになりました。
ロンドン大学クイーン・メアリー(QMUL)の研究チームが、ADHDを持つ女性は、月経前に強い気分障害が現れる「月経前不快気分障害(PMDD)」のリスクが、通常の女性の約3倍にも上ることを明らかにしたのです。
この研究結果は2025年6月18日付の『The British Journal of Psychiatry』誌に掲載されました。
目次
- 生理前のADHD女性が抱える「見えない困難」
- ADHDの女性は月経前不快気分障害リスクが3倍だと判明
生理前のADHD女性が抱える「見えない困難」
ADHD(注意欠如・多動症)は、「落ち着きがない」「じっとしていられない」といった多動のイメージが強く、かつては子どもや男性の病気と思われてきました。
しかし実際には、大人になっても症状が残る人が多く、女性のADHDも決して珍しくありません。
ただし、女性の場合は「注意が散漫」「忘れ物が多い」などの“不注意”症状が中心となりやすく、子どもの頃から周囲に気づかれず、診断も大人になってからやっと受けるケースが多いと言われています。
さらに、女性には「月経」や「ホルモンの変動」といった特有の身体リズムがあり、これがADHD症状や気分の変調とどのように関係するのか、実はこれまでほとんど研究されてきませんでした。
女性の月経に関わる辛い問題には、月経前症候群(PMS)や月経前不快気分障害(PMDD)があります。
PMSは月経(生理)が始まる2週間前ごろから心身で生じる不安定な状態を指します。
そしてPMDDは、その中でも心の不安定さがより際立って出てしまう場合に診断されます。
強い抑うつ・不安・イライラ・情緒不安定といった“こころの症状”が現れ、日常生活に大きな支障をきたすのです。
症状が現れる時期は「月経が始まる直前」だけで、月経が始まるとスーッと消えるのが特徴ですが、その期間は本人も家族も非常に苦しい思いをします。
PMDDはPMSよりもはるかに重く、重症の場合には「死にたい」という気持ちさえ生じさせる深刻な疾患です。
しかし、本人が「性格の問題」と受け止めてしまったり、周囲が気づきにくい「見えないつらさ」になりやすいことも特徴です。
ロンドン大学クイーン・メアリーの研究では、近年関係性が指摘されている「ADHDを持つ女性は、PMDDになりやすいのではないか?」という疑問を、科学的に明らかにしようとしました。
調査はイギリス国内の18~34歳の女性715人を対象に、オンラインで実施されました。
まず、「医師からADHDと診断された女性」「質問票でADHD傾向が強く出た女性(診断歴がなくても)」「ADHDの診断がない女性」をバランスよく選びました。
PMDDの診断も、医学的に広く使われている質問票(PSST)を用いて、月経前にどんな症状がどれだけ強く出るかを詳しくチェックしました。
また、うつ病や不安障害の診断歴も同時に尋ね、他の心の病気が重なっていないかも検討されました。
ADHDの女性は月経前不快気分障害リスクが3倍だと判明
調査の結果、医師からADHDと診断された女性の31%がPMDDに該当し、診断歴がなくてもADHD傾向が強い女性では41%がPMDDに該当しました。
これに対し、ADHDではない女性でPMDDに当てはまる人は9%ほどでした。
つまり、ADHDの女性は、PMDDの発症リスクが約3~4倍にも上るということが分かったのです。
さらに、「ADHDに加えて、うつ病や不安障害を持つ女性」では、PMDDリスクがさらに高まり、全体で約4.5倍のリスクとなりました。
これは、もともとADHDの女性は「こころの不調」全般を抱えやすいことを裏付ける結果でもあります。
ADHD女性に現れるPMDDの症状には、「イライラしやすい」「気分が落ち込む」「圧倒される感じ」などが特に目立ちました。
また、今回の調査では「不眠」もADHD女性のPMDD症状として特徴的に多く、夜眠れない・途中で目が覚めるなどの訴えがよく見られました。
PMDDとADHDの関係については、女性ホルモン(エストロゲン)の変動に脳が敏感に反応する可能性など、いくつかの仮説が提案されています。
しかし、なぜADHD女性でPMDDが多いのかという“はっきりした理由”はまだ分かっていません。
さらに注目すべきは、「月経前だけが危険」というわけではない点です。
ADHD女性は、月経周期以外でも、ピルの開始や産後、更年期など、ホルモンが大きく変動する場面で、気分障害や不調を起こしやすいという研究報告も増えています。
つまり、「ホルモンの波」がある時期すべてで、心身の不調リスクが高まる可能性があるのです。
本研究には、「自己申告による診断」「オンライン調査」「記憶に頼った症状報告」など、いくつかの限界があります。
それでもこの研究は、「ADHDの女性はPMDDのリスクが高い」という現実を明らかにすることができました。
今後は、毎日記録をつける詳細な追跡調査や、なぜADHD女性がPMDDになりやすいのか、生物学的メカニズムの解明、より効果的な治療法の開発が期待されています。
月経やホルモンの波で「いつも以上につらくなる」ADHD女性の大変さは、本人にも周囲にも見えにくいものです
こうした研究を通して、少しでも多くの人に正しい理解と配慮が広がっていくことが願われます。
参考文献
Women with ADHD three times more likely to experience premenstrual dysphoric disorder – new research
https://theconversation.com/women-with-adhd-three-times-more-likely-to-experience-premenstrual-dysphoric-disorder-new-research-260222
元論文
Increased risk of provisional premenstrual dysphoric disorder (PMDD) among females with attention-deficit hyperactivity disorder (ADHD): cross-sectional survey study
https://doi.org/10.1192/bjp.2025.104
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部