なんとなく予想していましたが、本当かもしれません。
オランダのラドバウト大学医学部(RUMC)を中心とする研究チームによる最新の研究によって、ADHDの傾向が強い人は、実は創造性と関連があることが示されてきました。
その秘密は「寄り道思考」、つまり集中すべき作業中につい別の考えに意図的にふけるマインドワンダリング(心がさまよう現象)にある可能性が示されています。
これまでADHDと創造力の結びつきは曖昧のままでしたが、今回の研究では両者が直接検討した初めての報告と研究側は述べています、発想の転換次第でADHDの特性が創造の源泉になりうる可能性を示しています。
普通に考えれば、創造には高い集中力が必要で注意散漫は第一の敵のはずです。
では、なぜ注意散漫であることが創造性につながるのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年10月10日、ECNP総会(アムステルダム)で公表されました。
目次
- 集中できない特性が創造性につながる
- 創造性が高いADHDの人は、さまよう注意の中から「ひらめき」をみつける
- 創造性にとって「集中が良く散漫が悪い」とは限らない
集中できない特性が創造性につながる

「また別のことを考えてる!ちゃんと集中しなきゃ……」――大事な場面でつい頭の中が脱線してしまい、自己嫌悪に陥る。
そんな経験は、誰でも一度くらいはあると思います。
人間の脳というのは実はそれほど集中力が続くようにはできておらず、時折、目の前のことと無関係なことを考え始めてしまうものです。
こうした現象は専門的に「マインドワンダリング」と呼ばれます。
直訳すれば「心の散歩」、つまり、心が自由にあちこちさまよってしまう状態のことです。
例えば授業や会議中に、気がついたら次の休日のことを考えてしまったり、夕飯のメニューを考え始めていたりするアレですね。
実は、この「マインドワンダリング」という状態は誰にでも起こることですが、ADHD(注意欠如・多動症)の人では、特に頻繁に起きやすい傾向があります。
ADHDというのは脳の特性の一つで、注意力を持続させることが難しかったり、衝動的に行動してしまったりする傾向が強い人のことを指します。
こう聞くと、どうしてもADHDの特性は「問題があるもの」「なんとか直さなければ」といったネガティブなイメージで語られることが多いですよね。
勉強や仕事をする上でも、どうしても集中力が続かず、つい他ごとを考えてしまい、効率が下がってしまう。
こうした理由からADHDはしばしば「厄介者」扱いされ、本人自身も苦しんでしまうケースが少なくないのです。
しかし最近では、ADHDの人の脳が持つ「注意があちこち飛びやすい」という性質を、必ずしも「悪いこと」だと捉えない見方も増えています。
実際、「マインドワンダリング」には、思いがけないアイデアや新しい発想を生み出す可能性がある、ということが、様々な研究で指摘されてきているのです。
例えば、多くの作家やアーティスト、起業家のインタビューなどを読んでいると、「ぼんやりする時間が大事だ」「むしろ集中しすぎると良いアイデアが出ない」といった発言をよく目にします。
授業中や仕事中にふと別のことを考えていたら、突然良いアイデアが浮かんだという経験を持つクリエイターも意外に多いのです。
人によってはお風呂に入っていたり、散歩中だったり、トイレの中だったりもします。
このように、「ボーッとすること」「気が散ること」が創造性を刺激するかもしれないという考え方は、最近特に注目されるようになってきました。
逆に何かに一心不乱に集中して打ち込んでいる状況と、全てをひっくり返すような新しいアイデアが脳裏に浮かぶ状況は、ある意味で両立し難いものと言えるでしょう。
少し言葉遊びのような言い方をすれば「集中しているときに集中しているもの以外が脳裏によぎることがあるなら、それはもはや一心不乱型の集中とは言えない」からです。
とはいえ、これまでの研究はまだ断片的で、「ADHDの人の脳は創造性が高い傾向があるらしい」ということは分かっても、その詳しい仕組みや理由までは明らかではありませんでした。
そこで今回、オランダ・ラドバウト大学医学部のハン・ファン氏(Han Fang)らの国際研究チームが、真正面からこのテーマに挑みました。
研究チームが問いかけたのは、「ADHDの人が持つ『寄り道思考』の傾向は、本当に創造性と関係しているのだろうか?」というシンプルかつ重要な問いだったのです。
創造性が高いADHDの人は、さまよう注意の中から「ひらめき」をみつける

研究チームが注目したのは「マインドワンダリング」と呼ばれる、心が目の前の課題から離れてあちこちさまよう現象でした。
たとえば授業中に先生の声が聞こえているのに、頭の中では晩ご飯のメニューを考えている――そんな状態です。
つまり、心が「いま、ここ」から抜け出して、自由に旅をしているようなものなのです。
このマインドワンダリングには、実は2つのタイプがあります。
ひとつは「自発的タイプ」。これは気づかないうちに勝手に考えが飛んでいく状態で、たとえば退屈な会議中に無意識で別のことを考えてしまうときなどがそうです。
もうひとつは「意図的タイプ」。こちらはあえて別のことを考えるタイプで、言ってみれば“考える脱線”を自分の意志でコントロールしている状態です。
研究チームはこの2つの違いに注目しました。
ADHDの人は、こうしたマインドワンダリングが人より多い傾向があります。
先にも触れたように、ADHDは注意を長く保つのが難しく、つい気がそれてしまう脳の特性をもっています。
そのため、マインドワンダリングを“悪いクセ”として否定的に見る人も少なくありません。
しかしチームの仮説は逆でした。
「もしかしたら、この“寄り道の多さ”こそが創造性の高さと関係しているのではないか?」というのです。
この問いを確かめるために、研究チームはヨーロッパとイギリスの二つのグループ、合わせて725人(プレスリリースでは約750人とされています)の成人を対象に調査を行いました。
参加者にはまず、ADHD特性の強さを測る質問票を実施しました。
そして、創造性を評価するために「創造的達成」や「発散的思考」を測る課題を行ってもらいました。
発散的思考とは、たとえば「ペーパークリップの使い道をできるだけ多く挙げてください」といった発想課題のことです。
さらに参加者には「どれくらい心がさまよいやすいか」を尋ねるマインドワンダリング尺度も答えてもらいました。
その結果、ADHDの特性が強い人ほどマインドワンダリングが多いという、予想どおりの関係が見られました。
これは「ADHDの人は気が散りやすい」という日常の実感を科学的に裏づける結果です。
ところがここからが面白いところです。
マインドワンダリングが多い人ほど、創造性のテストでも高得点を示しました。
つまり、注意が逸れやすいという弱点が、ひらめきを生む“土壌”にもなっていたわけです。
さらに分析を進めると、創造性が高い人ほど、マインドワンダリングの中でも「意図的タイプ」が多い傾向があることが示唆されました。
言い換えれば彼らは「コントロールされた意図的な注意散漫」を利用して、新しい発想を探していたのです。
重要なのは、“勝手にボーッとする”ことではなく、“意識してボーッとする”こと。
この微妙な違いが、ADHDの創造性を生み出す鍵なのかもしれません。
実際、一部の研究ではADHDの本質はあらゆるものへの高度な集中と解釈する場合もあります。
小コラム:言い方が違うだけで本質は同じ?
「あらゆるものへ高度に集中することで、ひらめきに繋がる」というのと「コントロールされた意図的な注意散漫で、ひらめきに達する」というのは言い方が違うだけで中身が同じようにも思えます。
同様に「コントロールされていない注意散漫では創造性につながらない」と「あらゆるものに集中し過ぎて逆に何も思いつかない」という2つの解釈も本質は似ている可能性もあります。
そう考えると、ADHDが持つ「さまよう思考」を自分の武器にするか、人生の足を引っ張る重りになるかは、ほんの僅かな使いようの違いにあるのかもしれません。
今回の研究は、ADHDと創造性をつなぐメカニズムを初めて直接検討した初期の報告の一つとされています。
ADHDの特性を「問題」ではなく「戦略」として捉え直す――そんな視点の転換をもたらす重要な一歩だったのです。
創造性にとって「集中が良く散漫が悪い」とは限らない

今回の研究は、「ADHDの人はクリエイティブである」という漠然としたイメージを、科学的に一歩前進させました。
つまり、ADHDの脳がなぜ創造的な傾向を持つのか、その秘密の一端が「意図的な寄り道思考」という心の使い方にある可能性を示したのです。
これは、言い換えれば「集中できないことは必ずしも弱点ではない」という、私たちの常識をひっくり返すような発見とも言えます。
この知見は、教育や支援の現場にも新しい視点をもたらすかもしれません。
今までの教育では、授業に集中できない生徒に「もっと集中しなさい」と叱ることが普通でしたが、この研究はむしろ逆の方向を提案しています。
「注意がそれやすい特性」を無理に矯正するのではなく、それを活かして新しいアイデアや創造的な発想につなげる方法を模索する方が、ずっと有効ではないかというのです。
実際に研究者らは、心理教育プログラムなどを通じて、ADHDの人が持つ多様な発想を伸ばす方法を提案しています。
これはADHDの人が持つ発想力を否定せず、むしろ積極的に引き出してあげようという取り組みです。
また、治療や心理支援の分野でも、今までのように「注意散漫を抑え込む」訓練ばかりでなく、「意識して思考を切り替える」トレーニングが有効かもしれないという新しい考え方が生まれつつあります。
ただし、ここで勘違いしてはいけないのは、「じゃあADHDはそのままで良いんだ!」と簡単に結論づけることです。
研究チームも念を押していますが、ADHDの特性が生活のさまざまな場面で困難を引き起こすことは変わりません。
例えば、注意が頻繁に逸れることで仕事や人間関係に支障が出たり、勉強が思うように進まないという現実的な問題が残っているのです。
あくまでも、「意図的に寄り道ができるような、適切な訓練や環境が整えば」という条件つきの話だと理解することが重要です。
また、この研究はあくまで観察研究(実験をせず、調査や観察によって関係性を調べる手法)であるため、まだ明らかになっていないこともたくさんあります。
特に、なぜマインドワンダリングが創造力を引き出すのか、脳内のどのような仕組みでそうなっているのかという詳しいメカニズムについては、今後の研究課題です。
それでも、この研究には非常に大きな意味があります。
これまでADHDは多くの場面で「注意力が欠けている」「集中力に問題がある」といったマイナスな視点で捉えられてきました。
しかし、今回の知見は「注意散漫である」という特性を「創造力を引き出す新しい戦略」として捉え直す可能性を提示しています。
これは「神経多様性(neurodiversity)」という考え方にも一致しています。
神経多様性とは、人間の脳には様々な特性があり、それらを「欠陥」ではなく「個性」として尊重しようという新しい考え方です。
集中力が弱いとされるADHD脳も、この視点で見れば「常識にとらわれないユニークなアイデアの工場」とさえ表現できるかもしれません。
実際、専門家の中には、ADHDの人が持つ柔軟な発想力は社会にとって貴重な資源になり得ると評価する声もあります。
言ってみれば、ADHDの脳は「整理整頓が苦手なぶん、誰も思いつかない発想を生み出せる可能性」を秘めているということです――もちろん、適切な支援や環境が整えばという前提つきで。
今回の研究が私たちに投げかけているのは、「『集中』が絶対に良いことで、『散漫』が絶対に悪いこと」という常識そのものに対する問い直しなのです。
参考文献
Study confirms that people with ADHD can be more creative. The reason may be that they let their mind wander
https://www.eurekalert.org/news-releases/1101131
元論文
なんとなく予想していましたが、本当かもしれません。
オランダのラドバウト大学医学部(RUMC)を中心とする研究チームによる最新の研究によって、ADHDの傾向が強い人は、実は創造性と関連があることが示されてきました。
その秘密は「寄り道思考」、つまり集中すべき作業中につい別の考えに意図的にふけるマインドワンダリング(心がさまよう現象)にある可能性が示されています。
これまでADHDと創造力の結びつきは曖昧のままでしたが、今回の研究では両者が直接検討した初めての報告と研究側は述べています、発想の転換次第でADHDの特性が創造の源泉になりうる可能性を示しています。
普通に考えれば、創造には高い集中力が必要で注意散漫は第一の敵のはずです。
では、なぜ注意散漫であることが創造性につながるのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年10月10日、
ECNP総会(アムステルダム)
https://www.eurekalert.org/news-releases/1101131
で公表されました。
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部