中世スペインの城跡から、まるでSFの宇宙人のような「極端に細長い頭蓋骨」が見つかりました。
しかもその頭蓋骨の持ち主は、実際に戦場で戦い、壮年期まで生き延びた騎士だった可能性が高いのです。
スペインのルビーラ・イ・ビルジーリ大学(URV)の研究チームは、この異様な頭の形が、幼少期には命を落としてもおかしくない遺伝性疾患によって生じたと考えています。
「重度の奇形を抱えたまま戦士として生きた中世の騎士」という、驚くべき実像が見えてきました。
研究の詳細は2025年10月3日付で科学雑誌『Heritage』に掲載されています。
目次
- 中世スペインの「カラトラバ騎士団」の墓地で見つかった頭蓋骨
- 戦場で命を落とした「奇形の騎士」
中世スペインの「カラトラバ騎士団」の墓地で見つかった頭蓋骨
舞台はスペイン中部、タグス川沿いに立つソリタ・デ・ロス・カネス城です。
この城は13〜15世紀にかけて、軍事修道会「カラトラバ騎士団」の拠点として使われていました。
これはスペインで初めて設立された戦闘騎士団とされています。(※ 認可を教皇庁から受けたのは2番目)
2014〜2019年の発掘調査では、城内の墓地から多数の人骨が見つかりました。
ほとんどが成人男性で、刺し傷や打撲傷などの外傷が多く、戦闘で傷ついた戦士たちの墓地と考えられています。
そのなかで研究者たちの目を釘付けにしたのが、「T4.2」と番号を振られた一体の遺骨でした。
調べると、この人物は男性で死亡時年齢は45〜49歳と推定されました。
上腕骨や大腿骨の筋付着部が非常に発達しており、とくに大腿骨では「馬に乗る人」に典型的な筋肉の痕が確認されています。
騎士団に属する戦士、あるいは騎乗する兵士だった可能性が高い個体です。
しかしそれ以上に衝撃的だったのが、頭蓋骨の形でした。
最大長は230ミリ、最大幅は122ミリで、頭蓋の長さと幅の比率を示す「頭蓋指数」は53%。
スペイン人の平均がおよそ75%前後であることを考えると、異常なまでに長く、細い頭です。
研究チームはこの形を「超長頭(ultradolichocephaly)」と分類しています。

詳しく観察すると、複数の頭蓋縫合が、通常よりも早い時期に癒合していたことがわかりました。
頭蓋骨は、本来は成長に合わせて少しずつ縫合部が閉じていきますが、これが幼少期に早く閉じてしまうと、脳の成長に合わせて頭の形が歪に引き伸ばされます。
この状態は「頭蓋骨縫合早期癒合症(craniosynostosis)」と呼ばれ、世界全体でおよそ2500人に1人の割合で発生するとされています。
近代医学では、脳への圧力を下げるための手術が行われることもありますが、中世にはもちろんそのような治療はありませんでした。
にもかかわらず、この男性は40代後半まで生きていたことになります。
チームは、遺伝性の頭蓋骨縫合早期癒合症の一つであるクルーゾン症候群との類似性に注目しています。
クルーゾン症候群は、複数の縫合が早期に癒合し、顔面が前後方向に長く見えるなどの変形を起こす病気で、多くの場合、認知機能は保たれます。
今回の個体も四肢に大きな奇形は見られず、頭蓋と顎の形だけが異常に変形していました。
戦場で命を落とした「奇形の騎士」
この男性の遺骨からは、過酷な人生の痕跡も読み取れます。
まず目立つのが、頭部の2か所の刺し傷です。
1つは左側頭部にあり、鋭い武器が頭蓋を貫通し、周囲に放射状の骨折を引き起こしていました。
もう1つは後頭部外隆起のあたりで、こちらも鋭利な武器による刺突痕と放射状骨折が確認されています。
さらに、左脛骨の上部には鈍器による強い打撃でできた骨折痕もありました。
いずれの傷にも治癒の痕がなく、骨がまだ生きて柔らかい状態で折れた「生体時の損傷」と判断されています。
総合すると、戦闘中に複数の打撃と刺し傷を受けて死亡した可能性が極めて高いと考えられます。
歯や顎にも興味深い情報が残っていました。
左側の歯は、舌側・唇側・咬合面すべてが歯石に厚く覆われている一方で、摩耗がほとんどありませんでした。
逆に右側の歯は摩耗が強く、歯石は少ないうえ、生前に失われた歯も複数あります。
これは、噛み合わせの問題などからほとんど右側だけで咀嚼していたことを示唆します。
頭蓋と顎の変形が、日常生活の細かな動きにまで影響していた可能性があります。
それでもこの男性は、40代後半まで生き、筋肉や骨の状態から見て、かなり活動的な生活を送っていました。
騎乗の痕跡や戦闘外傷から、「奇形を抱えながらも前線で戦った騎士」だった可能性が高いとチームは見ています。
一方で、研究者たちは慎重な姿勢も崩していません。
頭蓋の形態や縫合の癒合パターン、顎の形などはクルーゾン症候群と整合的ですが、現代医療では最終的な診断に遺伝子検査が必須です。
中世の遺骨ではDNAの保存状態に限界があるため、今回の診断はあくまで「クルーゾン症候群にもっとも近いと考えられる頭蓋骨早期癒合症の一例」という位置づけにとどまります。
それでも、この症状を持つ人の多くが幼少期に重い合併症を抱えることを考えると、手術もない時代に騎士として中年まで生き抜いたという事実は特筆すべきものです
参考文献
‘I had never seen a skull like this before’: Medieval Spanish knight who died in battle had a rare genetic condition, study finds
https://www.livescience.com/archaeology/i-had-never-seen-a-skull-like-this-before-medieval-spanish-knight-who-died-in-battle-had-a-rare-genetic-condition-study-finds
元論文
An Ultradolichocephaly in a Knight of the Order of Calatrava from the Castle of Zorita de los Canes (Guadalajara, Spain) Dated Between the 13th and 15th Centuries
https://doi.org/10.3390/heritage8100414
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

