日本の福山大学で行われた研究により、瀬戸内海のまんなかに浮かぶ小豆島で近年爆発的に増加しているイノシシは、海を泳いでやってきた可能性が示されました。
研究では島のイノシシのDNAも詳細に分析されており、小豆島のイノシシは本州ではなく四国から、しかも遺伝的に異なる2つのグループが、別々のタイミングで侵入した可能性が示唆されています。
研究者たちは四国でのイノシシの密度過密化が海を渡る動機になった可能性があると示唆しています。
研究内容の詳細は2025年11月12日に『European Journal of Wildlife Research』にて発表されました。
- 泳ぐイノシシが離島に侵攻している
- なぜイノシシは海を渡ったのか?
泳ぐイノシシが離島に侵攻している
泳ぐイノシシが離島に侵攻している / Credit:Genetic evidence reveals that two wild boar (Sus scrofa) lineages invaded an island in Japan by swimming
瀬戸内海に浮かぶ穏やかな島に、ある日突然イノシシが姿を現したら――そんな出来事が現実に起こりました。
香川県の小豆島では、19世紀後半までにイノシシが絶滅したとされ、1990年頃まで公式な生息記録がありませんでした。
ところが2010年頃から島内でイノシシの目撃情報や農作物被害が相次ぎ、島には存在しないはずのイノシシがなぜか増え始めたのです。
島民にとってそれは謎の「侵入者」であり、いつ、どこから来たのか誰もわかりませんでした。
島に突然現れた厄介者に、地元の人々は「誰かがイノシシを船で持ち込んだのではないか」と考えたくなったことでしょう。
しかし人為的な持ち込みが原因とは限りません。
というのも、あまり知られてはいませんが、イノシシは泳ぎが得意な動物です。
これまでにも瀬戸内海をはじめ日本各地で、イノシシが海を渡って離島に侵入するケースが報告されています。
では、小豆島で急増したイノシシも本当に自力で海を泳いで渡ってきたのでしょうか?
もしそうだとしたら、どうやってそれを証明すればいいのでしょう。
この謎に挑むため、研究者たちは小豆島周辺で捕獲されたイノシシから組織サンプルを集めてDNAを抽出し、イノシシたちの「遺伝子系統図」を作りました。
その結果、小豆島のイノシシの遺伝的プロフィールは四国の個体群と酷似しており、本州の個体とは明瞭に異なっていました。
加えて、DNAは島に侵入したイノシシ集団が1つではなく2つあったことも示しました。
島内のイノシシのミトコンドリアDNAのタイプAとBは、それぞれ異なる系統集団に対応しており、遺伝子解析の結果から小豆島には二系統のイノシシが別々に侵入した可能性が示唆されました。
これらの証拠から、研究者たちは小豆島のイノシシは北側の本州ではなく南側の四国から泳いで渡ってきたと推定しました。
なぜイノシシは海を渡ったのか?
なぜイノシシは海を渡ったのか? / 小豆島の位置。本州からのほうが渡航難易度が低そうですがイノシシたちは実際には四国から泳いできたようです/Credit:Genetic evidence reveals that two wild boar (Sus scrofa) lineages invaded an island in Japan by swimming
今回の発見により、「小豆島のイノシシはどこから来たのか?」という長年の謎が解き明かされました。
船で持ち込まれた可能性よりも、自分の足(正確には泳ぎ)で海を渡ってきた可能性の方が高いと示唆されます。
これにより、島で続発しているイノシシ被害の原因究明と対策立案に大きな前進が期待されます。
島のイノシシたちは元を正せば四国から来た“移住者”ですから、今後の防除策を考える上でも島の南側での選択的捕獲や物理的なバリア設置が重要になるでしょう。
また侵入元と侵入経路がはっきりしたことで、島内だけで駆除対策を行うのでは不十分かもしれないという教訓も得られます。
この研究は野生動物が海を越えて分布を広げるパターンを理解する上でも大きな意味があります。
イノシシのような大型哺乳類にとっても、海は完全な障壁にはならず、自力で新天地に進出しうることが実証されたためです。
実際、研究チームは四国側の個体数過密が小豆島への“泳いでの移住”を引き起こした可能性を指摘しています。
香川県本土では2020年時点で推定39,996頭ものイノシシが生息し(密度約23.6頭/平方キロ)、近年は年間捕獲数が5,451頭から10,494頭へと増加するなど個体数が急増していました。
こうした過密状態に耐えかね、一部のイノシシが海を渡る冒険に出たのかもしれません。
そして幸運にも小豆島に漂着した2つの系統が島内で交配した結果、遺伝的多様性が高まり繁殖が加速した可能性があります。
今回の発見は、島の獣害のスタート地点が島の内側だけでなく“海の向こう”にもあることを教えてくれます。
瀬戸内海を泳いで生息域を広げたイノシシたちをきっかけに、私たちも“境界線の考え方”をアップデートする時期に来ているのかもしれません。
全ての画像を見る
参考文献
瀬戸内海を泳ぐイノシシによる島への侵入過程の解明
https://www.toho-u.ac.jp/press/2025_index/20251117-1558.html
元論文
Genetic evidence reveals that two wild boar (Sus scrofa) lineages invaded an island in Japan by swimming
https://doi.org/10.1007/s10344-025-02024-0
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
日本の福山大学で行われた研究により、瀬戸内海のまんなかに浮かぶ小豆島で近年爆発的に増加しているイノシシは、海を泳いでやってきた可能性が示されました。
研究では島のイノシシのDNAも詳細に分析されており、小豆島のイノシシは本州ではなく四国から、しかも遺伝的に異なる2つのグループが、別々のタイミングで侵入した可能性が示唆されています。
研究者たちは四国でのイノシシの密度過密化が海を渡る動機になった可能性があると示唆しています。
研究内容の詳細は2025年11月12日に『European Journal of Wildlife Research』にて発表されました。
- 泳ぐイノシシが離島に侵攻している
- なぜイノシシは海を渡ったのか?
泳ぐイノシシが離島に侵攻している
泳ぐイノシシが離島に侵攻している / Credit:Genetic evidence reveals that two wild boar (Sus scrofa) lineages invaded an island in Japan by swimming
瀬戸内海に浮かぶ穏やかな島に、ある日突然イノシシが姿を現したら――そんな出来事が現実に起こりました。
香川県の小豆島では、19世紀後半までにイノシシが絶滅したとされ、1990年頃まで公式な生息記録がありませんでした。
ところが2010年頃から島内でイノシシの目撃情報や農作物被害が相次ぎ、島には存在しないはずのイノシシがなぜか増え始めたのです。
島民にとってそれは謎の「侵入者」であり、いつ、どこから来たのか誰もわかりませんでした。
島に突然現れた厄介者に、地元の人々は「誰かがイノシシを船で持ち込んだのではないか」と考えたくなったことでしょう。
しかし人為的な持ち込みが原因とは限りません。
というのも、あまり知られてはいませんが、イノシシは泳ぎが得意な動物です。
これまでにも瀬戸内海をはじめ日本各地で、イノシシが海を渡って離島に侵入するケースが報告されています。
では、小豆島で急増したイノシシも本当に自力で海を泳いで渡ってきたのでしょうか?
もしそうだとしたら、どうやってそれを証明すればいいのでしょう。
この謎に挑むため、研究者たちは小豆島周辺で捕獲されたイノシシから組織サンプルを集めてDNAを抽出し、イノシシたちの「遺伝子系統図」を作りました。
その結果、小豆島のイノシシの遺伝的プロフィールは四国の個体群と酷似しており、本州の個体とは明瞭に異なっていました。
加えて、DNAは島に侵入したイノシシ集団が1つではなく2つあったことも示しました。
島内のイノシシのミトコンドリアDNAのタイプAとBは、それぞれ異なる系統集団に対応しており、遺伝子解析の結果から小豆島には二系統のイノシシが別々に侵入した可能性が示唆されました。
これらの証拠から、研究者たちは小豆島のイノシシは北側の本州ではなく南側の四国から泳いで渡ってきたと推定しました。
なぜイノシシは海を渡ったのか?
なぜイノシシは海を渡ったのか? / 小豆島の位置。本州からのほうが渡航難易度が低そうですがイノシシたちは実際には四国から泳いできたようです/Credit:Genetic evidence reveals that two wild boar (Sus scrofa) lineages invaded an island in Japan by swimming
今回の発見により、「小豆島のイノシシはどこから来たのか?」という長年の謎が解き明かされました。
船で持ち込まれた可能性よりも、自分の足(正確には泳ぎ)で海を渡ってきた可能性の方が高いと示唆されます。
これにより、島で続発しているイノシシ被害の原因究明と対策立案に大きな前進が期待されます。
島のイノシシたちは元を正せば四国から来た“移住者”ですから、今後の防除策を考える上でも島の南側での選択的捕獲や物理的なバリア設置が重要になるでしょう。
また侵入元と侵入経路がはっきりしたことで、島内だけで駆除対策を行うのでは不十分かもしれないという教訓も得られます。
この研究は野生動物が海を越えて分布を広げるパターンを理解する上でも大きな意味があります。
イノシシのような大型哺乳類にとっても、海は完全な障壁にはならず、自力で新天地に進出しうることが実証されたためです。
実際、研究チームは四国側の個体数過密が小豆島への“泳いでの移住”を引き起こした可能性を指摘しています。
香川県本土では2020年時点で推定39,996頭ものイノシシが生息し(密度約23.6頭/平方キロ)、近年は年間捕獲数が5,451頭から10,494頭へと増加するなど個体数が急増していました。
こうした過密状態に耐えかね、一部のイノシシが海を渡る冒険に出たのかもしれません。
そして幸運にも小豆島に漂着した2つの系統が島内で交配した結果、遺伝的多様性が高まり繁殖が加速した可能性があります。
今回の発見は、島の獣害のスタート地点が島の内側だけでなく“海の向こう”にもあることを教えてくれます。
瀬戸内海を泳いで生息域を広げたイノシシたちをきっかけに、私たちも“境界線の考え方”をアップデートする時期に来ているのかもしれません。
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参考文献
瀬戸内海を泳ぐイノシシによる島への侵入過程の解明
https://www.toho-u.ac.jp/press/2025_index/20251117-1558.html
元論文
Genetic evidence reveals that two wild boar (Sus scrofa) lineages invaded an island in Japan by swimming
https://doi.org/10.1007/s10344-025-02024-0
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部