カナダ・ブリティッシュコロンビア沿岸で、世界でも前例のないオオカミの行動が撮影されました。
映像にはなんと、野生のオオカミがカニ漁用のブイを泳いで取りに行き、ロープをたぐり寄せ、“カニ漁用のかご”を岸へ引き上げて餌を盗み取る一連の作業をわずか数分でやり遂げる姿が映っていました。
カナダ・ヴィクトリア大学(UVic)の研究者たちは「オオカミが道具を使った初の記録になる可能性がある」と指摘します。
研究の詳細は2025年11月17日付で科学雑誌『Ecology and Evolution』に掲載されました。
目次
- 犯人は野生のオオカミだった
- これは「道具使用」なのか? 研究者も揺れる定義の境界線
犯人は野生のオオカミだった
この行動が初めて疑われたのは2023年のことです。
現地の先住民族であるハイルツァク(Haíɫzaqv)は、外来種ヨーロッパミドリガニの増殖を抑えるため、ニシンやアシカ肉を餌にした「カニかご」を沿岸に多数設置していました。
ところが、しばらくするとカニかごが破壊され、餌が消えるという異常事態が頻発したのです。
しかも、いくつかのカゴは満潮時でも完全に水没したままの深い場所にあり、人間以外でそんな場所を荒らせる動物は限られていました。
当初の容疑者は、アザラシかカワウソといった水生の哺乳類が疑われていました。
しかし2024年5月下旬、犯人を突き止めるためにカメラを設置したところ、思いもよらない姿が映っていたのです。
それがこちら。
映像には、1頭のメスのオオカミが海へ泳ぎ出し、浮かぶブイをくわえて岸に引き寄せる様子が映っていました。
オオカミはブイを浜に置くと、慣れた様子で「ロープ → かご → 餌」という“つながり”を理解しているかのように、ロープを繰り返し引っ張り続けました。
そして、海中からトラップが姿を現すと、迷いなく餌のカップを狙い、中身を飲み込んだのです。
一連の作業はわずか3分ほどで完了していたといいます。
研究チームはこの様子について、「オオカミが、ブイ・ロープ・海中の罠の関係を複数ステップで理解しているように見える」
と驚きを隠せません。
2025年2月には、別のオオカミが“半ば水没したトラップ”をロープで引き寄せる映像も撮影され、複数個体がこの行動を学習している可能性も示唆されています。
これは「道具使用」なのか? 研究者も揺れる定義の境界線
では、この驚くべき行動は「道具使用」と呼べるのでしょうか。
研究者によれば、道具使用には一般的に「外部の物体を、意図をもって目的達成に使用する行動」という定義があります。
この定義だけを見れば、ブイやロープを使って餌を得るオオカミの行動は道具使用に見えます。
しかし一方で、別の定義では「動物自身が“道具と目的の適切な関係”を作り出していなければ道具使用とは言えない」とされます。
今回のケースでは「罠そのものを作ったのは人間」「ロープやブイの構造も人間が設置」「オオカミは既存の仕組みを操作しただけ」という点がネックになります。
そのため、“技術的には道具使用と言えない”という意見がある一方で、“高度なロープ操作能力は特筆すべきであり、新しいタイプの道具使用として認められるべき”という評価も出ており、議論は続いています。
オオカミはどのように学んだのか?
これについては2つの仮説があります。
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人間が罠を扱う様子を観察して学習した
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餌の匂いをたどり、試行錯誤の末に仕組みを理解した
どちらにしても、複雑な“因果関係”を理解して行動できることは明らかで、研究者たちは「これは野生オオカミの高い認知能力を示す重要な証拠」と評価しています。
論文の著者らは次のようなたとえで締めくくっています。
「私たち自身も、仕組みを完全に理解していないコンピュータを使って文章を入力しています。しかし、それでも私たちの認知能力は疑われていないはずです」
参考文献
Video catches wild wolf pulling in crab trap to get to food—but is it tool use?
https://phys.org/news/2025-11-video-wild-wolf-crab-food.html
Incredible Footage May Be First Evidence Wild Wolves Have Figured Out How To Use Tools
https://www.iflscience.com/incredible-footage-may-be-first-evidence-wild-wolves-have-figured-out-how-to-use-tools-81597
元論文
Potential Tool Use by Wolves (Canis lupus): Crab Trap Pulling in Haíɫzaqv Nation Territory
https://doi.org/10.1002/ece3.72348
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

