ソーシャルメディアが刷り込む2つの「非現実的なアイデア」とは?

現代の私たちは、インスタグラムやX、YouTubeなどを通して何度も他人の生活や意見を見ています。

そして、そのカラフルで整えられた断片だけが、いつの間にか“標準的な生き方”のように思えてしまうことがあります。

アメリカの心理学者マーク・トラバース氏(Ph.D.)は、ソーシャルメディアが私たちに「現実とは言いがたい理想像」を刷り込んでいると指摘します。

その代表例として挙げられているのが、「常に旅をしているのが普通」「仕事を辞めて自由になるべきだ」という2つのアイデアです。

この記事では、それぞれがどのようにSNSを通じて広まり、なぜ現実とズレているのかを科学的な知見とともに見ていきます。

目次

  • 幻想その1:「常に旅行をしているのが普通」というアイデア
  • 幻想その2:「仕事を辞めて自由になるべきだ」というアイデア

幻想その1:「常に旅行をしているのが普通」というアイデア

旅行は本来、心のリセットや視野の拡大につながる健全な行動です。

近場の小旅行や日帰りの遠出でも、普段の生活から少し離れることで新鮮な気持ちになれます。

しかしソーシャルメディアが登場したことで、旅行は“個人の体験”から“公開されるパフォーマンス”へと変わってしまいました。

SNSには、海外の絶景やラグジュアリーなホテル、ノマドワーカーのような暮らしの投稿があふれています。

この「見栄えの良い切り取り」ばかりを見続けることで、私たちは知らないうちに「周りはみんなすごいところへ行っている」「自分は全然足りていない」と感じやすくなります。

この現象は“トラベル・ディスモルフィア”と呼ばれることもあり、SNS時代特有の問題として指摘されています。

実際、2025年にTalker Researchが米国成人2000人を対象に行った調査では、約7割が“自分は他の人と比べて十分に見ていない”と感じていることがわかりました

旅行経験に満足している人は半数以下の48%にとどまっています。

さらに、SNS投稿はこの劣等感を強める要因として挙げられており、特にZ世代に強い影響が見られます。

Z世代の47%は「インフルエンサーの旅行投稿が自分の旅行における劣等感(トラベル・ディスモルフィア)を高めている」と答え、過半数が「旅行量の少なさが人生の遅れにつながっている」と感じていました。

こうした圧力は、経済的な理由や家庭の事情で頻繁な旅行が難しい人にとって、余計にストレスを生みます。

本来は楽しみであるはずの旅が、比較の道具になってしまうのです。

さらに、別の2025年の研究では、旅行の頻度と幸福感には逆U字型の関係があることが示されました。

旅の回数が増えるほど最初は幸福感が高まりますが、ある程度を超えて頻繁になると、その新鮮味が薄れ、幸福感は逆に下がっていく“逆U字型”の関係が見られたのです。

この研究は、「旅は多ければ多いほど良い」というSNS的な常識は錯覚にすぎないことを示しています。

旅の価値は人それぞれ異なります。

“どんな体験ができたか”や“自分がどう感じたか”に重きを置く人もいれば、“回数”や“訪問地の多様さ”を重視する人もいます。

ただし、SNSでは数や派手さが強調されがちです。

本当に大切なのは、自分が楽しいと感じる旅のスタイルを見つけることなのかもしれません。

幻想その2:「仕事を辞めて自由になるべきだ」というアイデア

もう一つソーシャルメディアが広めている非現実的なアイデアが、「安定した仕事を辞めて、自分らしく自由に生きるべき」というものです。

SNSを見ていると、おしゃれな自宅オフィスで仕事をするインフルエンサー、旅をしながら働くデジタルノマド、あるいは「9時–17時の働き方は時代遅れ」と語る動画が並びます。

こうした投稿が繰り返し流れてくることで、通常の仕事が「退屈で、自分の可能性を潰すもの」と見なされがちになっています。

しかし、心理学的研究はもっと違う姿を示しています。

ブラジルの340人の社会人を対象にした研究(2022年)では、「仕事の満足度」や「意味の感じ方」は、職場を辞めるかどうかで決まるのではなく、自分自身が仕事をどう捉え、どう工夫するかに強く依存していることが分かりました。

この研究が注目したのは「ジョブクラフティング」と呼ばれる行動です。

これは、仕事のやり方を少し変える、担当する役割の中で自分に合う工夫を加える、仕事の意味づけ(認知)を変えるなどの、「自分の手で仕事をより良くする工夫」を指します。

特に重要視されたのが、認知的クラフティング(仕事の意味づけを自分の中で変えること)で、これがもっとも強く「仕事の意味」や「満足度」を高めていました。

つまり、仕事そのものを変えなくても、内面の調整によって「やりがい」や「自由さ」を感じられる可能性があるのです。

もちろん、合わない職場を離れること自体は正当な選択肢です。

ただし、SNSが作り出す「仕事を辞める=自由で幸せ」という単純な図式は、現実には当てはまりません。

経済的なリスクや新たな不安が増え、むしろストレスが強まる場合もあります。

大切なのは、「辞めるか、辞めないか」という二択ではなく、“自分にとって何が意味のある働き方なのか”を考えることです。

極端な選択ではなく、工夫や調整の中にも自由は存在します。

ここまでで2つの点を紹介したように、SNSが押し付ける「理想のライフスタイル」は、現実とはしばしば大きくズレています。

旅も、仕事も、誰かの派手な成功例ではなく、自分自身にとっての心地よさを基準に選んでいくことこそが、長い目で見た幸福につながるのです。

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参考文献

Two Unrealistic Ideas That Social Media Keeps Selling Us
https://www.psychologytoday.com/us/blog/social-instincts/202511/two-unrealistic-ideas-that-social-media-keeps-selling-us

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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