マッサージの効果が科学的に解明されました。
米国のハーバード大学で行われた動物実験によれば、マッサージは炎症を引き起こす免疫細胞や炎症物質を筋肉細胞から「洗い流す」ことで、筋肉を損傷したマウスの回復力を2倍にし、新たに再生する筋線維の質もより強固になるとのこと。
また研究によって「最も優れた効果を得るには筋肉損傷が起きてから3日目以降に炎症因子を除去するといい」ことも判明します。
マッサージの医学的・生物学的な効果と仕組みが、ここまでハッキリと再現性をもって示されたのはこの研究がはじめてだという。
研究内容の詳細は2021年10月6日に『SCIENCE TRANSLATIONAL MEDICINE』に掲載されています。
目次
- 破壊されたマウスの筋肉再生をマッサージで加速させることに成功
- マッサージには役割を終えた炎症細胞や炎症物質を洗い流す効果があった
- 用済みのヒーロー(炎症細胞)にはさっさと退場してもらう
- 最高の治療効果を得るには3日目に好中球を排除するといい
- マッサージ効果のメカニズムが医学に革命を起こすかもしれない
破壊されたマウスの筋肉再生をマッサージで加速させることに成功

マッサージに医学的な治癒効果があるとする考えは長年、西洋医学の原理主義者たちにとって「嘲笑」や「冷笑」ときには「非科学的」「東洋人的な思い込み」とみなされてきました。
それらあざけりの最大の原因は、西洋的な方法(いわゆる科学的方法)にのっとって、マッサージの効果を分子レベル・細胞レベルで立証することが、困難だったからです。
しかし現実世界で活躍する一流のアスリートたちにとって、優れたマッサージ師を持つ優位性は既に常識のレベルに達しています。
この奇妙な乖離は、一般の人々にとっても混乱のもとになっていました。
そこで今回、ハーバード大学の研究者たちは嘲笑されるのを覚悟の上で、上の動画のような「一見して冗談に思える装置」を開発しました。
この装置はマウスの脚を固定する拘束具と、マウスの脚をマッサージするシリコン製のヘッドによって構築されています。
研究者たちはこの装置に、脚の筋肉を損傷させたマウスを設置(※マウスは薬で眠らされています)。
そして損傷した筋肉に対して14日間にわたり、一貫して同じ強さの力を加え続けました。
結果、装置による治療(物理刺激)を受けていたマウスはただ放置されていたマウスと比較して、筋肉の再生速度が2倍になり、組織に瘢痕(消えにくい傷跡)が残る可能性を大幅に減少させることを発見します。

また筋肉を摘出して断面図を比較すると、装置による治療を受けていたマウスは、そうでないマウスに比べて、筋線維がより太くなっており、治療は筋線維の強度回復にも有効であることが示されました。
また実験データを分析すると、治療中に加えられる力が大きいほど、損傷した筋肉の回復力が高まる傾向がみられました。
問題は、その理由です。
ここで実験を終えてしまえば他の多くの研究のように因果関係を示したのみで、分子レベル・細胞レベルでのメカニズムの解明はされず、否定派の蒙を啓くことはできません。
そこで研究者たちは治療を受けたマウスと放置されたマウスの筋肉を詳細に比較し、違いを調べました。
すると、マッサージと免疫の間には、全く知られていなかった新たな仕組みが存在していることが判明します。
マッサージには役割を終えた炎症細胞や炎症物質を洗い流す効果があった

マッサージが行われた筋肉では何が起きているのか?
謎を確かめるため研究者たちは、治療を受けたマウスと未治療のマウスの筋肉を摘出し、分子レベルでの違いを比較しました。
結果、マッサージが3日間行われたマウスの筋肉では、炎症物質(サイトカインやケモカイン)が劇的に低下していました。
これら炎症物質は、好中球と呼ばれる免疫細胞を呼び込むことが知られています。
そこで研究者たちは、筋肉に入り込んできている好中球の数も比較してみました。
すると、治療を受けたマウスの筋肉では、好中球の数も大きく減少していると判明。
これらの結果から研究者たちは、マッサージによって炎症物質や免疫細胞が筋肉から「洗い流された」ことが、回復力の強化につながったと考えました。
ですが、好中球は病原体や破壊された組織の細胞を殺して排除する働きがあり、サイトカインも含めて、本来なら免疫にとってなくてはならない重要な細胞です。
そんな大事な免疫にかかわる因子たちなのに、どうして回復の邪魔になっていたのでしょうか?
用済みのヒーロー(炎症細胞)にはさっさと退場してもらう

炎症細胞である好中球が、なぜ回復を遅らせていたのか?
研究者たちは、マウスの筋肉の元となる細胞(筋前駆細胞)に好中球を加えるという細胞レベルの実験を行い、謎の解明を試みます。
すると、好中球は筋肉の元となる細胞(筋前駆細胞)を増殖させる能力が高い一方で、増えた細胞が適切な筋肉の形に変化する(分化する)速度を低下させていることを発見します。
筋肉が回復するには、筋肉の元となる細胞が増えて母数を増やすだけでなく、適切な部位の筋肉(この場合、脚の筋肉)に変化する必要があります。
つまり好中球は元となる細胞(筋前駆細胞)の母数回復を優先させることに専念し過ぎることで、回復全体の進行速度のボトルネックとなっていたのです。
このような好中球の働きは、非衛生的で病原体が存在する環境での怪我では確かに有効です。
好中球は元細胞の母数回復を促すだけでなく、病原体を殺す能力があるため、野生の厳しい環境では1人2役以上をこなすヒーローとなりえます。
しかし、医療技術が発達した衛生的な環境では……用済みのヒーローはさっさと消えることが重要なようです。
研究者の1人は「炎症反応は治療の初期段階にとっては依然として重要な存在ですが、再生プロセスの効率的な実行には、炎症が迅速に消えることも同じくらい重要です」と述べています。
どうやらマッサージの効果は「役割が終わった炎症物質や免疫細胞を洗い流し再生プロセスを前倒しにすること」に本質があったようです。
しかしこの段階でも、完全な証明には至っていません。
マッサージが炎症因子を洗い流し回復速度を促進しているようにみえているのは事実です。
しかし肝心の「用済みの炎症因子(好中球など)を除去することが回復を改善するのかどうか」については、証明されていません。
つまり最後の線がつながっていないのです。
ここで実験をやめてしまったら、否定派は必ずこの部分を攻撃してくるはずです。
そこでハーバード大学の研究者たちは、最後の実験に挑みました。
最高の治療効果を得るには3日目に好中球を排除するといい

マウスのマッサージ実験を繰り返すなかで、研究者たちは炎症因子となる好中球の排除が、筋肉の損傷後3日目に開始されることが、最速の治療に結びつくことを発見します。
そこで研究者たちは損傷から3日経過したマウスの血液を操作し、マッサージを行わずに好中球だけを血中から排除してみました。
すると好中球の排除を受けたマウスは、そうでないマウスに比べて大きな筋線維のサイズをともなった大きな強度回復を示しました。
この結果は、好中球の存在は回復初期に必要であるものの、途中から排除することで筋肉の再生速度が改善されることを示します。
マッサージの代りに、マッサージがするはずだった好中球の除去でも回復が改善されたのです。
マッサージ効果のメカニズムが医学に革命を起こすかもしれない

今回の研究で、マッサージは役目を終えた炎症因子を洗い流すことで筋肉の再生速度を改善することが示されました。
また炎症因子の洗い流しを行うのは、筋肉損傷から3日目以降が理想的であることも判明します。
ただこれらの結果は現在、マウスに限られています。
研究者たちは今後、より大きな動物に対して同様の実験を行うことで、マッサージの分子レベル・細胞レベルでの治療効果を検証し、最終的には、人間に対してテストすることを目指すとのこと。
マッサージによる治療効果は、既存の化学療法や遺伝子療法と同じくらい強力である可能性があり、人間での検証が成功すれば、科学にもとづく医療行為として完全な地位が認められるでしょう。
またマッサージによる治療効果から知識をフィードバックすることで、刺激がむずかしい消化器官や脳などに対しても、新概念の薬が開発されるかもしれません。
マッサージの夜明けが迫っています。
参考文献
Massage doesn’t just make muscles feel better, it makes them heal faster and stronger
https://wyss.harvard.edu/news/massage-doesnt-just-make-muscles-feel-better-it-makes-them-heal-faster-and-stronger/
元論文
Skeletal muscle regeneration with robotic actuation–mediated clearance of neutrophils
https://www.science.org/doi/10.1126/scitranslmed.abe8868
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
