米ネブラスカ州に住む女性、アレックス・シンプソン(Alex Simpson)さんは、生まれつき脳の大部分が存在しない「水無脳症(hydranencephaly)」という極めてまれな病気を持ってこの世に誕生しました。
医師たちからは「1歳の誕生日を迎えることも難しいだろう」と宣告されていましたが、彼女は11月4日、家族や周囲の祝福の中で20歳の誕生日を迎えました。
通常、人間の脳は2つの大脳半球が大きな割合を占め、認知や感覚、運動、思考、感情といった多様な働きを司っています。
しかし水無脳症では、この「大脳半球」がほとんど存在せず、頭蓋内の大部分が脳脊髄液で満たされているという状態です。
目次
- 「脳の大部分がない」状態で出生
- 生きること自体が奇跡
「脳の大部分がない」状態で出生
アレックスさんの診断がついたのは、生後2カ月を過ぎたころでした。
出生時は頭の大きさや反射に異常がなく、一見「普通の赤ちゃん」に見えたため、医師もすぐには異常に気づきませんでした。
しかし、成長とともに徐々に不機嫌さや筋肉のこわばり、けいれん発作などの症状が現れ、精密検査によって水無脳症であることが判明しました。
この病気では大脳半球がほとんど存在しませんが、脳幹や小脳の一部、基底核といった脳の生命維持に必要な「最小限の部分」は残っています。
アレックスさんの場合、後頭部にわずかに「小指の先ほど」の小脳しか残っていないといいますが、この小脳や脳幹が周囲の音や気配を感じ取り、最低限の意識を維持しているのです。
家族によると、アレックスさんは両親や弟の存在を感じ取り、「周りで良いことや悪いことが起きている」ことをなんとなく察することができるそうです。
また、脳幹や基底核が無事なため、呼吸や心拍といった生命維持機能は保たれています。
視覚や聴覚には重い障害があるものの、周囲とのつながりや家族とのコミュニケーションが完全に途絶えているわけではありません。
生きること自体が奇跡
水無脳症は、胎児のごく初期の段階で発症します。
全世界で約1万人に1人という希少な疾患で、米国では25万人に1人未満しか報告されていません。
多くの場合、胎児期の超音波検査で頭蓋内に異常が見つかり、出産前に診断されますが、出産後に気づかれるケースもあります。
この疾患は、胎児期の脳への血流が一時的に止まること(脳卒中や感染など血管障害)、あるいは遺伝的な要因によって脳が「壊れてしまう」ことが原因とされています。
ただし、はっきりとした発症のメカニズムはいまだ明らかになっていません。
ほとんどの水無脳症の赤ちゃんは、重い合併症のため出生後まもなく命を落とすか、長期生存は困難だと考えられてきました。
そのため、医師から「1年生きられれば奇跡」と言われるのが一般的です。
アレックスさんの20歳という年齢は、こうした医学的な常識を大きく覆すものなのです。
アレックスさんの長期生存には、家族によるきめ細やかなケアや医療体制の進歩が不可欠でした。
現在も治療法はなく、症状を和らげるための集中的なサポートが続けられています。
家族は「一緒に過ごす時間のすべてが宝物」と語り、彼女の生存そのものが周囲の人々に勇気を与えています。
参考文献
Woman Born Missing Most of Her Brain Just Turned 20, Defying Odds
https://www.sciencealert.com/women-born-missing-most-of-her-brain-just-turned-20-defying-odds
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
