睡眠不足だと集中力が切れやすかったり、ぼーっとしたりするのは、誰もが経験したことがあるでしょう。
「寝ていないから頭が働かない」「注意力が続かない」という状態は、一夜漬けや徹夜明けの定番ともいえます。
では、睡眠不足の時に集中力が途切れる瞬間、脳では何が起きているのでしょうか?
アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームの研究では、ぼんやりしたその瞬間、脳内では「脳脊髄液(のうせきずいえき)」という液体が本来眠っている時のように脳内を大きく巡る、という驚きの現象が明らかになりました。
この研究成果は、2025年10月29日付の科学誌『Nature Neuroscience』に掲載されました。
目次
- 睡眠中に生じる「脳脊髄液のクリーニング機能」
- 睡眠不足の脳では「クリーニング波」が覚醒中に割り込んでいた
睡眠中に生じる「脳脊髄液のクリーニング機能」
脳脊髄液(Cerebrospinal Fluid:CSF)は、脳と脊髄を取り囲む無色透明の液体です。
この液体は脳を物理的な衝撃から守る“クッション”としてだけでなく、老廃物の排出や栄養分の運搬といった「脳のクリーニング係」としても働いています。
このクリーニング機能については、2019年に発表された研究が大きな転機となりました。
当時、MITのLaura Lewis氏らは、睡眠中、特にノンレム睡眠で現れる大きな脳波や脳血流の揺れに連動して、脳脊髄液がゆっくりと大きく脳内を巡り、老廃物を洗い流していることを明らかにしたのです。
この発見は、「脳は寝ている間に自動的にメンテナンスされている」という新たな常識を生みました。
しかし、疑問が残ります。
「もし睡眠不足でこのクリーニングタイムが十分確保できなかったら、脳はどうなってしまうのか?」
「脳の機能低下や注意力のミスは、クリーニングの不足と関係があるのか?」
これらの謎を解き明かすため、MITの研究チームは、十分に睡眠をとった日と、徹夜明け(完全な睡眠剥奪)の日で、人間の脳と体の状態がどう変わるのかを精密に調べました。
実験に参加したのは健康な成人26人。
被験者は2回に分けて、(1)通常通り眠った翌朝、(2)一晩まったく寝ずに過ごした翌朝、それぞれ実験室に集められました。
翌朝、被験者はfMRI(超高速撮影)を用いた脳スキャンを受けます。
このfMRIは、通常の脳血流だけでなく、脳脊髄液(CSF)の流れをリアルタイムで測定できる特別なプロトコルが組まれています。
さらに、EEG(脳波計測)で睡眠度合いや脳の興奮状態を確認し、瞳孔の大きさ(覚醒度)、心拍、呼吸などの生理的指標も同時にモニタリングしました。
この状態で、被験者は「注意力テスト」(たとえば画面の図形が変わった瞬間にボタンを押す、音が鳴ったら反応するなどの課題)に取り組み、反応の速さやミス(見逃し)が測定されました。
睡眠不足の脳では「クリーニング波」が覚醒中に割り込んでいた
MITの研究チームが観察したのは、「睡眠不足の被験者が課題中に一瞬ぼんやりしたり、反応が遅れたり、刺激にまったく反応しなかった」まさにその瞬間に、脳内で何が起こっているのか、という点です。
そして実験の結果、この注意力ミスが起きた直後、脳内では通常“深い睡眠時”にしか見られない現象が発生していました。
それが、脳脊髄液(CSF)の大きな波が脳内を大きく巡る動きです。
この「クリーニング波」はふだんは睡眠中に大きく現れますが、睡眠不足になると起きている間にも睡眠に近い脳内の大きな流れが割り込むように起きるのです。
しかも、注意が途切れた直後0.5〜2.5秒でCSFが脳内を大きく巡り始め、約7〜8秒後にその流れが最大となり、注意が回復すると行動の回復から約1秒後に流れは元に戻ります。
さらに、これらの現象は脳だけでなく体全体で起きており、瞳孔が縮小し(覚醒度の低下サイン)、心拍数が低下し、呼吸がゆっくりになるといった生理的変化が「注意力のミス」とセットで観察されました。
また、詳細な分析から、注意力が途切れる瞬間には脳波の変化も起きており、脳が一部“瞬間的に眠る”ような状態に近づいていることがわかっています。
なぜ脳はこうした現象を起こすのでしょうか?
研究者たちは、「睡眠不足によって脳内の老廃物除去が不十分になると、脳は覚醒中にも強制的にクリーニング時間を確保しようとする」と推測しています。
その際、「脳の注意力回路」と「CSFや血流を調整する基礎生理回路」は、ノルアドレナリン系という有力な神経ネットワークで同時に制御されている可能性があるようです。
この統一回路が働くことで、注意力・覚醒度・心拍・呼吸・脳脊髄液の流れなど、さまざまな機能が一斉に切り替わる「全身的な変化」として現れるというわけです。
このように今回の研究は、本来は睡眠中にだけ起きるはずの「脳のクリーニング波」が、睡眠不足時には無理やり発生しており、同時に“集中力が一瞬ダウン”することを明らかにしました。
参考文献
Why your brain can’t focus when you haven’t slept
https://newatlas.com/sleep/brain-focus-lack-of-sleep/
This is your brain without sleep
https://news.mit.edu/2025/your-brain-without-sleep-1029
元論文
Attentional failures after sleep deprivation are locked to joint neurovascular, pupil and cerebrospinal fluid flow dynamics
https://doi.org/10.1038/s41593-025-02098-8
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

