日本の近畿大学薬学総合研究所と小林製薬の共同研究により、漢方薬の防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)が、年齢とともに落ちにくくなったお腹や肝臓の脂肪を減少させる可能性が示されました。
研究では、高脂肪食を与えられた加齢マウスに防風通聖散エキスを2か月間投与したところ、体重増加が約半分(14.1gから7.1gへ減少)に抑えられ、肝臓に溜まった脂肪も減少しました。
さらに肝機能の指標となるALTという酵素の数値が約64%改善したほか、年齢とともに低下してしまう脂肪燃焼スイッチ(UCP1)の低下が有意に抑制されました。
この結果は、加齢によって起こる「年齢太り」に対して、防風通聖散が新たなアプローチとなる可能性を示しています。
研究内容の詳細は、2024年4月25日に『Journal of Natural Medicines』にて発表されました。
目次
- 肥満改善を目指す伝統薬の科学的挑戦
- 古くて新しい漢方薬の科学的再評価
肥満改善を目指す伝統薬の科学的挑戦

「若い頃は多少食べ過ぎてもすぐ痩せたのに、今はお腹周りがなかなか凹まない…」そう感じたことはありませんか。
年齢とともに代謝や脂肪燃焼の能力が低下するのは、多くの人にとって「あるある」の悩みです。
特に、お腹にたまる内臓脂肪は加齢とともに蓄積しやすく、放置すると糖尿病や脂質異常症といった生活習慣病につながります。
さらに厄介なのは、脂肪が本来の貯蔵場所以外、たとえば肝臓にも蓄積してしまうことです。
これは「異所性脂肪」と呼ばれる状態で、肝臓に脂肪がたまると肝機能を悪化させ、いわゆる脂肪肝の原因となり、健康リスクが一層高まります。
こうした加齢による内臓脂肪や肝臓脂肪の増加を抑える方法がもしあるなら、多くの人が知りたいと思うでしょう。
そこで注目されたのが、古くから肥満症の治療に使われてきた漢方薬「防風通聖散」です。
防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)は、日本で広く使われている代表的な漢方薬の一つです。
名前の「防風」は外からの刺激に負けにくくするという意味で、「通聖」は「滞りを通して清らかにする」という考え方を表しています。
現代の言葉で言えば、体の中にたまった余分な熱や水分、老廃物の渋滞を取り除き、体のめぐりを整える薬というイメージです。
現在では飲みやすいエキス顆粒や錠剤として製品化され、医療用・一般用の両方で販売されています。
その中身は18種類の生薬(しょうやく)を組み合わせたブレンドで、たとえば連翹(れんぎょう)、荊芥(けいがい)、大黄(だいおう)、山梔子(さんしし)、麻黄(まおう)、当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、甘草(かんぞう)などが含まれています。
肥満症の改善を目的とした漢方薬として広く知られていますが、その効果のメカニズムにはまだ解明されていない部分も多く残っています。
今回の研究では、研究者たちがこの防風通聖散を科学的な手法で評価し、実際に体の中でどのように働くのかを詳しく確かめました。
古くて新しい漢方薬の科学的再評価

防風通聖散はどのようにして脂肪を抑えるのでしょうか。
その答えを得るために、研究チームは若いマウスと高齢マウスに高脂肪のエサを与え、一部のグループには防風通聖散エキス(2%混合)を28日または62日間加えました。
その結果、高齢マウスでは防風通聖散を与えなかった場合に比べて、体重の増加が約50%抑えられました。
お腹の中の脂肪(内臓脂肪)と皮下脂肪の量も有意に減り、肝臓の重さが軽くなって中性脂肪の量も下がりました。
さらに血液中の肝臓由来の酵素(ASTやALT)の値が改善し、肝細胞にたまっていた脂肪の粒も顕微鏡で明らかに減りました。
つまり、この漢方はお腹の脂肪と肝臓の脂肪の両方に作用していたことになります。
では、なぜ漢方薬でここまでの変化が見られたのでしょうか。
そのカギは「脂肪を燃やすスイッチ」にありました。
脂肪細胞には白色と褐色の2種類がありますが、褐色脂肪細胞は脂肪を燃やして熱を生み出す“体内のストーブ”のような存在です。
高齢マウスではこの褐色脂肪が弱まり、燃焼の鍵となるUCP1というたんぱく質の量が若い頃より減っていました。
防風通聖散を与えると、このUCP1の低下が有意に抑えられたのです。
言い換えれば、年齢とともに小さくなっていた“脂肪燃焼の火”が再び灯ったということです。
実験結果から、防風通聖散は年齢によって落ちていく脂肪燃焼力そのものを高めたというよりも、その低下を防いだことで内臓脂肪や肝臓の脂肪の蓄積を抑えたと考えられます。
さらに興味深いことに、18種類の生薬のうちどれが効いているのかを調べるため、各生薬のエキスを培養した細胞で試す実験も行われました。
その結果、連翹(れんぎょう)、荊芥(けいがい)、大黄(だいおう)などが肝臓の細胞にたまる中性脂肪を減らす働きを示しました。
防風通聖散は多くの生薬の組み合わせでできていますが、こうして“主役候補”が見えてきたことで、どの生薬が脂肪燃焼スイッチを支えているのかが少しずつ明らかになってきました。
今回の研究は、加齢で落ちた脂肪燃焼の力を保つことで、内臓脂肪や肝臓の脂肪を同時に減らせる可能性を示しました。
これは「年だから太るのは仕方ない」と感じていた人たちにとって、新しい希望の光になるかもしれません。
社会的にも、中高年のメタボリックシンドローム対策や脂肪肝の予防に役立つ、重要な前臨床の成果といえます。
防風通聖散は市販の一般用医薬品としても使われていますが、今回の研究はその効果を裏付ける科学的な基礎データの一つを示したといえます。
将来的には、この知見を応用して年齢に合わせた肥満対策や新しい治療薬の開発につながる可能性もあります。
また、この研究は令和7年度生薬学会論文賞を受賞しました。
この賞は令和6年度にJournal of Natural Medicines誌に掲載された論文の中でも学術上特に優れた内容を有すると認められた論文に贈られるものです。
こうした評価は、この研究が信頼性の高い科学的成果であり、肥満やメタボ対策に新たな道を開く可能性を示していることを物語っています。
参考文献
漢方薬「防風通聖散」が加齢による内臓脂肪蓄積を抑える効果を発見 令和7年度生薬学会論文賞を受賞 過剰な内臓脂肪や肝臓の異所性脂肪へのアプローチ
https://newscast.jp/news/6729798
元論文
Ameliorative effect of bofutsushosan (Fangfengtongshengsan) extract on the progression of aging-induced obesity
https://doi.org/10.1007/s11418-024-01803-4
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
