オーストラリアの西シドニー大学(WSU)で行われた研究によって、「じゃんけんに勝つための科学的なヒント」が示唆されました。
研究ではまず被験者の繰り出す手が「グー」「パー」「チョキ」の順に多くなっていることが示されたのに加えて、じゃんけんを行っているときの脳波が測定されました。
すると「負けた人」でのみ、脳に前の勝負の情報が表れることが示されました。
一方、「勝ち越した人」では、前の勝負の情報が上回る証拠は見つかりませんでした。
つまり、じゃんけんに勝つには「過去の勝負を気にせず、できる限りランダムに手を出す」ことが有利になる可能性を示唆しています。
この発見は、単純なゲームを通じて私たちの意思決定に潜むクセを可視化したもので、勝負事だけでなく人間の認知バイアス(無意識の偏り)を理解する上でも重要です。
しかし、なぜ過去の手を意識するだけで勝率が下がってしまうのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年9月30日に『Social Cognitive and Affective Neuroscience』で公表されました。
目次
- あなたが「じゃんけんで負ける」理由
- 脳波を見るとじゃんけんの次の手が予測できる
- 「じゃんけんに勝つ脳」は過去を捨てる
あなたが「じゃんけんで負ける」理由

「じゃんけんで負けが続くと、次こそ勝とうとつい相手の過去の手を考えすぎてしまう…」そんな経験はないでしょうか。
勝負に敗れた後、人は「今度は出す手を変えてくるかも?」と相手の前回の出し手をつい意識してしまいがちです。
実はこれこそが落とし穴なのかもしれません。
誰もが知る単純な運試しゲームと思われがちなじゃんけんですが、その裏側には人間の意思決定の不思議が隠れているのです。
本来じゃんけんは完全にランダムに手を出すのが最善策とされています。
お互いにどの手を出すか読めないようにするのが、理論上もっとも負けにくい戦略だからです。
しかし人間はなかなかそれができません。実際これまでの研究でも、じゃんけん中に人は偏ったパターンや戦略をとることが分かっています。
典型的なのは「グー」を出しすぎてしまう傾向や、同じ手を連続で出さないようにする傾向、あるいはグー・チョキ・パーを順番にローテーションする癖です。
要するに、人は本当の無作為(完全なランダム)には程遠く、知らず知らずのうちに認知バイアス(かたより)を抱えてしまうのです。
もしあなたがグーを10回連続出して10回連続で負けてしまったら、次もまたグーを出す勇気が出るでしょうか?
相手が人間ならば一考の価値はあるかもしれませんが、手が完全にランダムなじゃんけんマシン相手でも、11回目にまたグーを出せる人はほとんどいないでしょう。
そうなると負けが続いた人は次はパーかチョキを選ぶことになります。
もし相手が「歴戦のじゃんけん戦士」や「人のクセを学ぶAI」なら、そんなあなたの心の偏りを読んで勝率を上げるように行動するでしょう。
こうしたバイアス(傾向)やクセは、読まれれば勝率が下がる原因でしかありません。
このような人間のクセはこれまで心理学や行動経済学でも指摘されてきましたが、では脳の中ではどんなことが起きているのでしょうか。
そこで西シドニー大学の研究者たちは、対戦中の2人の脳を同時に測る実験に挑みました。
これまで脳活動の研究は一人の被験者に注目することが多く、実際の対戦のようにリアルタイムで競い合う状況で、両者の脳がどう動くのかはよく分かっていませんでした。
研究チームの狙いは、「勝つ脳」と「負ける脳」の違いを可視化し、勝敗を分ける思考のパターンを探ることです。
果たして本当に、脳の使い方の違いで勝敗が変わることなどあるのでしょうか。
脳波を見るとじゃんけんの次の手が予測できる

勝つ脳と負ける脳の違いは本当にあるのか?
この謎を解くために、研究者たちは成人のボランティア62人(31組)に協力してもらい、コンピュータ上で互いにじゃんけんを対戦してもらいました。
各ペアは480回ものじゃんけんを連続で行い、その最中ずっと双方の脳波を測定しました。
さらに、脳波データは高度なパターン解析(脳波の特徴を見つける方法)にかけられ、各プレイヤーの脳活動から意思決定の手がかりを抽出しました。
結果、まず明らかになったのは手の出し方の偏りで、出しやすい順は「グー」「パー」「チョキ」となっていました。
また、人は同じ手を連続で出すことを避ける傾向も確認されました。じゃんけんでは理論上どの手を出しても確率は3分の1ですが、実際には前回と違う手を出す人が多かったのです。
このように、多くの参加者は無意識のうちに特定のパターンにはまった行動をしていたことがわかります。
「直前と違う手を出すことが型にはまる?」と思う人もいるでしょうが、完全にランダムな場合には「前回と違う手を出す」という傾向自体が存在しません。
つまり、人間の脳は自然と偏りを生み出してしまうということです。これは最適な戦略である「完全ランダム」からのズレを意味し、人の意思決定にかたよりがあることを示しています。
また興味深いのは、脳波の解析でプレイヤーの考えていることを事前に推測できた点です。
じゃんけん中の脳活動パターンを分析すると、参加者が次にグー・チョキ・パーのどれを出すかを、実際に手を出す前にある程度読み取ることができました。
さらに脳波には「これから出す手」の情報だけでなく、「前のゲームで何が起きたか」という過去の情報まで含まれていました。
人は次の一手を考えるとき、直前の自分と相手の手の結果を自然に思い出しているようです。脳波という客観的な証拠によって、「人は未来を予測するためについ過去を振り返ってしまう」ことが裏付けられたといえます。
しかし、本当に面白いのはここからです。
研究ではこの「過去の参照」が勝敗にマイナスになることも示されました。
なんと、負けた越したグループの脳では直前の勝負内容を反映する活動パターンが意思決定の段階で強く表れました。
一方で、勝ち越したグループでは前の勝負の情報が明確に現れる証拠は見つかりませんでした。
平たく言えば、負けた人ほど「さっきはグーで負けたから次は…」と過去を引きずり、勝った人は目の前の勝負に集中していたということです。
脳が過去にとらわれる人は勝てない——この実験結果はそんな傾向を示しています。
研究チームも「前の結果に頼る戦略は最適な勝ち方を妨げる可能性がある」と述べており、過去を引きずらずに頭を切り替えられる人ほど、次の勝負で有利になる可能性があると示唆しました。
しかし、過去の自分の手を思い出すだけで、なぜ勝率が下がってしまうのでしょうか?
「じゃんけんに勝つ脳」は過去を捨てる

今回の研究により、じゃんけんというシンプルなゲームを舞台に、人間の意思決定の裏側を科学的に明らかにすることに成功しました。
脳波を同時に測るというユニークな方法で、対戦中に脳の中で何が起きているのかを細かく追い、勝つ脳と負ける脳の違いをわかりやすく示しました。
その結果、「じゃんけんで勝つには過去を引きずらないこと」が有利になる可能性があると分かりました。
しかし、なぜ過去の自分の手を思い浮かべると負けやすくなるのでしょうか?
過去の手を考えても、もし相手が完全にランダムに手を出す「じゃんけんマシン」なら、勝率は変わらないはずです。
けれどもこの実験では、人間同士がペアになり、1組あたり480回も勝負を行いました。
そのため研究者たちは、前の手が頭に浮かぶ人ほどランダム性から離れ、偏りが強まって相手に読まれやすくなると考えました。
では、この研究が私たちに教えてくれることは何でしょうか。
一言でいえば、「勝負に勝ちたければ過去を引きずるな」という教訓です。
スポーツの試合、ポーカーのような駆け引き、ビジネス交渉など、どんな勝負の場面でも「冷静さ」と「予測できなさ」は強い武器になります。
人間の脳は本来、経験から学んでパターンを見つけ出すようにできていますが、競争の場ではその正直さがかえって不利になることもあるのです。
研究チームも「過去をあまり分析しすぎない人の方が、将来的に勝率が上がるかもしれない」と指摘しています。
「相手の出す手を読めたら…」と誰もが思いますが、実際のところ私たちの脳は過去の情報にとらわれやすい――だからこそ、頭をまっさらにして挑むことが勝利への近道なのかもしれません。
もちろん、今回扱われたじゃんけんは非常に単純なモデルです。
現実の競争では、過去のデータや経験が役に立つ場面もたくさんあります。
たとえば、将棋やスポーツ、経営のような高度な戦略ゲームでは、過去を分析して次に活かすことが重要です。
つまり「過去を見る脳」が常に悪いわけではありません。
ただし、相手も人間で完全ランダムが最善という条件では、過去へのこだわりが裏目に出ることがある――この点を研究は示しました。
人はコンピューターのように割り切れず、負けが続くと感情が動いてしまい、行動がパターン化してしまうのです。
本研究は、そんな人間らしさを科学的に浮き彫りにしたとも言えるでしょう。
それでも、この成果には大きな意味があります。
誰もが知る「じゃんけん」という身近なゲームを使い、脳波から意思決定の過程を読み取るという新しい手法によって、競争中の脳の働きを客観的に示したのです。
研究チームは解析に使ったデータやプログラムを公開しており、他の研究者が同じ方法で再確認することも可能です。
負けが続くと冷静さを欠きやすくなる傾向は、勝負ごとだけでなく、日常の判断や行動のクセを考えるうえでも示唆に富んでいます。
研究チームは今後、より複雑な競技や現実の意思決定の場面でも、同じような脳の働きが見られるかどうかを調べていく予定です。
元論文
Neural decoding of competitive decision-making in Rock-Paper-Scissors
https://doi.org/10.1093/scan/nsaf101
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

