星を引き裂く超大質量ブラックホールが銀河内を彷徨っている

ブラックホール

星を丸ごと引き裂くほどの力を持つのは、太陽の何百万倍、何億倍もの質量をもつ超大質量ブラックホール(Supermassive Black Hole)だけです。

こうした巨大ブラックホールは、通常、銀河の“心臓部”としてその中心に存在しています。

ところが宇宙では、銀河どうしが衝突し、やがて融合する現象が、長い歴史の中でたびたび起きてきました。

その過程で、複数の中心ブラックホールが互いに近づき、最終的に1つにまとまることもあれば、重力の作用で小さなほうが中心から弾き出される場合もあったと考えられています。

このようにして銀河の中心から明確に離れた位置を動く超巨大な“放浪”ブラックホールの存在は理論的に予想されてきましたが、確実な観測例はきわめて限られていました。

しかし今回、銀河中心からはっきり離れた位置でブラックホールが星を引き裂く閃光が確認されたのです。これは星を破壊するような超大質量ブラックホール”が銀河内を彷徨っている有力な証拠になるかもしれません。

この現象を報告したのは、カリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)のイタイ・スファラディ(Itai Sfaradi)氏らの国際研究チームです。

研究チームは、地球から約6.5億光年離れた別の銀河で、銀河中心から約2600光年(0.8キロパーセク)離れた場所に出現した謎の閃光を観測しました。

解析の結果、それが星がブラックホールに破壊された瞬間をとらえたTDEと呼ばれる現象だと結論づけられたのです。

研究の詳細は、2025年10月20日付の天文学専門誌『The Astrophysical Journal Letters』に掲載されています。

目次

  • 銀河中心から離れた場所で星が引き裂かれる
  • 銀河を彷徨う星喰いモンスターに襲われると何が起きるのか?

銀河中心から離れた場所で星が引き裂かれる

宇宙の多くの銀河の中心には、太陽の数百万〜数十億倍という質量を持つ超大質量ブラックホールが潜んでいます。

一方で、銀河の歴史を長い目で見ると、銀河どうしの衝突や融合は珍しくありません。

その際、中心ブラックホール同士が互いに引き合って合体することもあれば、重力に弾かれて小さい方が宇宙を彷徨い出す可能性もあります。

そのような通常は銀河中心にしかない大質量ブラックホールが銀河の中心から明確に離れた位置で活動しているものを、専門的にはオフ核(off-nuclear)と呼びます。

観測は、カリフォルニア州のパロマー天文台(Palomar Observatory)で行われている夜空を広く見渡してその変化を自動的に監視するサーベイプロジェクト(掃天観測)によって行われました。

この観測では、超新星やブラックホール現象などの一時的な光の変化を日々探していて、このプロジェクトは「ツィッキー・トランジェント・ファシリティ(Zwicky Transient Facility、略称ZTF)」と呼ばれています。

2024年8月25日、ZTFは地球から約6.5億光年離れた銀河で謎の閃光を検出しました。

この現象はAT 2024tvdと名付けられて解析が行われました。その結果、銀河の中心から約2600光年(0.8キロパーセク)離れた位置で発生した潮汐崩壊現象(TDE)であることが判明したのです。

AT 2024tvd領域の電波画像。HOSTが銀河中心。/Credit: Sfaradi et al., The Astrophysical Journal Letters (2025)

潮汐崩壊現象とは、星がブラックホールに引き裂かれる現象のことですが、これを引き起こせるのは、銀河中心部に存在するような非常に巨大な質量を持つブラックホールだけです。

しかし、今回確認された潮汐崩壊現象は、銀河の中心ではなく中心から明確に離れた位置で起きていました。

ここまで明瞭に中心外でこの現象が確認されたのは初めての例であり、これは銀河内を超大質量ブラックホールが彷徨っていることを示す有力な証拠となります。

銀河を彷徨う星喰いモンスターに襲われると何が起きるのか?

AT 2024tvdで起きたのは、まるで星が「暗黒の巨獣」に引きずり込まれる瞬間のような出来事でした。

まず、星がブラックホールの重力圏に入ると、両者の引き合う力の差によって星の片側と反対側で強烈な引っ張り合いが生じます。これを潮汐力(ちょうせきりょく)と呼びますが、その力は星の内部をずたずたに引き裂くほど強力です。

破壊された星の破片は、巨大な炎のようにブラックホールの周囲を渦巻きながら落ち込んでいきます。このとき、摩擦と圧縮によって莫大な熱と光が生まれ、銀河の彼方でも観測できるほどの閃光を放ちます。

AT 2024tvdの場合、1度星を飲み込んだブラックホールがしばらく沈黙した後、再び暴れ出したかのように、もう一度強烈な光を放ちました。

第1の増光は発見から約130日後に急上昇し、数十日でしぼみました。

その約2か月後に再び明るくなり、数週間で急速にピークへ達して、すぐに暗くなっています。

通常、潮汐崩壊現象では明るさの増光は数カ月という長い期間を掛けておこります。この明るさの変化は、これまでの潮汐崩壊現象で見られた中でも例のないレベルの急激さです。

しかも、第2フレアのピークの明るさは第1フレアのおよそ3倍に達していました。

この通常の潮汐崩壊現象と異なるふるまいは、このブラックホールが銀河中心から離れた場所にある放浪者だったからこそ起きた可能性があります。

今回の急激な光の変化について、研究チームが検討している可能性は次のようなものです。

ひとつは、銀河中心ではなく銀河内を移動するブラックホールだったゆえの環境変動説です。

銀河の中心から弾き出されて放浪しているブラックホールの周囲では、ガスの密度や磁場の向きが一定ではありません。そのため、星を引き裂いた破片が落ち込むとき、ある瞬間に濃いガスの層や磁場の強い領域にぶつかり、エネルギーを一気に解放される可能性があります。

これが、通常の潮汐崩壊現象よりもはるかに速い明るさの変化を生んだ可能性があります。

もうひとつは、ブラックホールのスピン軸のズレによる“噴出の再点火”説です。

もしブラックホールの回転軸と、星が回り込んだ軌道面がずれていた場合、周囲の降着円盤や噴き出し(ジェット)は歳差運動(こまの軸がブレるような運動)をします。その軸がやがて観測者の方向に向き直った瞬間、
同じ噴出が再び強い光として見えた可能性があります。

つまり、銀河の中心から離れて移動していたため、回転の向きや噴出の方向が不安定になり、再び強烈なフレアが観測されたという可能性です。

こうした複数の要因が重なり、AT 2024tvdでは通常よりも短い間隔で二度のフレアが起きたのかもしれません。

ブラックホールの重さは太陽の10万〜1000万倍程度と見積もられ、中間質量と超大質量のちょうど境目あたりの値です。

この位置と重さ、そして電波のふるまいから、起源としては合体などの重力作用で中心からはじき出された(リコイル)、あるいは小さな銀河との合体で取り残されたといったシナリオが可能性が高いと考えられます。

ただし、潮汐崩壊現象という結果だけで起源を断定することはできません。

今後、ZTFのような広域観測と電波望遠鏡の追跡観測によって同様の事例が増えれば、放浪ブラックホールの生い立ちがよりはっきりしてくるはずです。

スファラディ氏は、「こうした事例を積み重ねることで、銀河の成長やブラックホールの進化の理解がいっそう深まる」と述べています。

銀河の中心から明確に離れた位置で星を引き裂くほどの巨大な質量を持ったブラックホールが彷徨っている。

私たちが見上げる夜空のどこかで、そんな“暗黒の捕食者”が潜んでいるというのは、なんとも恐ろしくて神秘的な話です。

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参考文献

Astronomers Discover Fastest-Evolving Radio Signals Ever Observed from Black Hole Tearing Apart Star

Astronomers Discover Fastest-Evolving Radio Signals Ever Observed from Black Hole Tearing Apart Star
https://public.nrao.edu/news/astronomers-discover-fastest-evolving-radio-signals-ever-observed/

元論文

The First Radio-bright Off-nuclear Tidal Disruption Event AT 2024tvd Reveals the Fastest-evolving Double-peaked Radio Emission
https://doi.org/10.3847/2041-8213/ae0a26

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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