長崎大学の研究グループが、海の魚たちの知られざる恋の駆け引きを世界で初めて明らかにしました。
日本近海に生息するクロメバルのオスが、繁殖期になるとメスに対して「音」と「尿」という2つの異なるサインを組み合わせてアピールすることを発見したのです。
この成果は2025年8月21日付の国際学術誌『Marine Ecology Progress Series』に掲載されました。
目次
- 海水魚の「おしっこ」は求愛の武器になるのか
- 雄クロメバルの求愛は「おしっこ」と「鳴き声」の合わせ技だった
海水魚の「おしっこ」は求愛の武器になるのか
魚の世界にも恋のアピール合戦があります。
オスがメスに自分をアピールする方法としては、色や模様、動き、鳴き声、そしてフェロモンによる「におい」など、さまざまな手段が知られています。
たとえば淡水魚では、尿に性フェロモンを含ませて水中に放出し、相手に「今が繁殖のタイミングだよ」と伝える戦略が一般的です。
しかし、海水魚では状況が異なります。
海水魚は体内の浸透圧調整の仕組みから尿の量が非常に少なく、「おしっこを使って情報を伝えるのは無理」と長年考えられてきたました。
そのため、海水魚における繁殖における尿の役割については、これまでほとんど研究が行われてきませんでした。
そんな中、長崎大学の研究チームは、身近な魚であるクロメバルに着目。
過去の観察では、クロメバルの仲間のオスが、求愛時にメスの鼻先に自分の泌尿突起を近づけるという行動が確認されていたのです。
研究者たちは「もしかしたら海水魚でもフェロモンによるコミュニケーションがあり得るのではないか」と考え、今回の研究がスタートしました。
ただ、海の中でごく少量の尿が本当に出ているかどうかを、目で確かめるのはとても難しい課題でした。
そこで研究チームはオスのクロメバルの膀胱に特殊な色素を注入。
水中で尿の放出が見えるように工夫し、求愛行動中のオスの動きを丁寧に観察しました。
同時に、水中マイクを使ってオスが発する鳴き声も記録しました。
魚類における「鳴音シグナル」は古くから知られており、メバル類でも音を発する種がいると分かっていたからです。
さらに生殖腺や膀胱の発達状況を野生・飼育個体の両方で調べ、求愛行動の全体像を多角的に明らかにしました。
雄クロメバルの求愛は「おしっこ」と「鳴き声」の合わせ技だった
実験の結果、オスのクロメバルは繁殖期になると膀胱が大きく発達し、たっぷりと尿をためていることが分かりました。
一方、メスの尿量は低いレベルで安定していました。
そしてオスは求愛の際、まず特定な鳴き声を発しながらメスに近づき、その直後にメスの鼻先めがけてピンポイントでおしっこを放出する一連の流れが観察されました。
このおしっこには、フェロモンのような化学物質が含まれていると考えられています。
オスは「自分は健康で、繁殖の準備が整っているよ」というメッセージをおしっこを通じてメスに伝えている可能性があります。
さらに、精巣と膀胱の大きさは、そのオスが群れの中でどれだけ“エラい”か、つまり社会的な地位にも関係していることが明らかになりました。
社会的に強いオスほど大きな膀胱を持ち、一度に多くのおしっこを放出できる傾向があったのです。
またオスが発する鳴き声は、求愛の初期、メスに近づくタイミングで多く観察されました。
まず音でメスの注意を引き、その後でにおい、つまりおしっこという強力なサインを送り込む、段階的なアピール戦略だと考えられます。
さらに興味深いのは、オスが複数回求愛行動をした場合でも、毎回最後のタイミングでしかおしっこを放出しなかった点です。
これは、海水魚にとっておしっこはとても貴重なリソースなので、無駄にせず、最も効果的なタイミングだけで使っていることを示しています。
この研究は「海水魚には尿フェロモンは存在しない」という長年の定説をくつがえしました。
また尿の放出がオスの社会的地位のアピールにもなっている可能性があるという新しい発見も得られました。
魚のコミュニケーションや繁殖戦略の理解が大きく進んだと言えます。
この発見は、生態学だけでなく、水産資源の管理や繁殖制御技術の開発にもつながる可能性があります。
恋の駆け引きは、魚の世界でも“声”と“におい”の二刀流です。人間もうかうかしていられませんね。
参考文献
求愛に「おしっこ」と「鳴き声」!~メバルの奇想天外な求愛行動を世界で初めて解明~
https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/science/science419.html
元論文
Urination and sound production during courtship behavior of male Japanese common rockfish Sebastes ventricosus
https://doi.org/10.3354/meps14870
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

