「恐竜のオスとメスって、どうやって見分けるの?」
そんな素朴な疑問が、英国・北アイルランドのクイーンズ大学ベルファスト(QUB)の研究で明らかになったかもしれません。
これまで化石から性別を判定するのは極めて困難でしたが、世界中の博物館に眠る草食の「カモノハシ恐竜(ハドロサウルス類)」の尾の骨に残された“ある傷跡”が、1億年を超えて私たちに太古のラブストーリーを語りかけていたのです。
激しい恋の代償として背骨を折られたメスたち。
その“愛の傷跡”こそが、恐竜の性別判定の決定的な手がかりになる可能性があるとのことです。
研究の詳細は2025年11月4日付で科学雑誌『iScience』に掲載されています。
目次
- なぜ「尾の骨」に同じ傷跡が?500体以上に広がる謎
- 交尾の「愛の傷跡」がメスを示すサインに
なぜ「尾の骨」に同じ傷跡が?500体以上に広がる謎
化石化した恐竜の骨は、時間とともに多くの情報を失います。
特にオス・メスを直接判定できる「生殖器官」は、すべて朽ち果ててしまいます。
そのため、これまで恐竜の性別はほとんど謎のままでした。
しかし最近、国際研究チームが、カナダやアメリカ、ロシアなど世界各地の博物館コレクションを大規模に調査し、多くの化石に共通する1つの“異常”を発見しました。
それは「カモノハシ恐竜(ハドロサウルス類)」の尾の根元から中間部の神経棘(しんけいきょく)と呼ばれる突起状の骨に、驚くほど同じような“治った骨折痕”が高頻度で残されていることです。
その数、なんと500体以上。
しかもこの損傷は「5個以上の椎骨に連続して」発生し、場所もほぼ一致。時代も地域も異なるさまざまな種で、同じパターンが繰り返されていました。
【こちらは研究報告の概要図】
この“不可解な傷”はどこから来たのか?
チームはまず「肉食恐竜にかまれたのでは?」と考えましたが、噛み跡や歯の痕がまったくないため否定。
「群れの仲間に踏まれた?」「筋肉の疲労や喧嘩?」などもシミュレーションや比較解析によって可能性が低いと判断されました。
そして残されたのが、“交尾説”です。
これはオスがメスに乗りかかったとき、強い力が尾の特定部位にかかったのではないか、という仮説です。
交尾の「愛の傷跡」がメスを示すサインに
では、本当に“交尾”によって尾の骨が折れてしまうのでしょうか?
チームは工学的なシミュレーション技術を使い、様々な方向から力を加えた場合の骨の壊れ方を再現しました。
その結果、尾の根元~中間部に、30~60度の斜め上から強い圧力がかかると、化石で見つかる損傷パターンと驚くほどよく一致することが判明しました。
この方向の力は、ちょうど「オスがメスの尾の上に乗る」際にかかるものと考えられます。
さらに、損傷が起きている場所が「総排出腔(クロアカ)」と呼ばれる生殖・排泄器の開口部の真上であることも分かりました。
実際、この傷跡はほぼすべて「成体」の個体で見つかり、若い個体にはほとんど見られませんでした。
こうした証拠から「特定部位の骨折痕=交尾時の圧力による損傷=メスの証」という図式が浮かび上がってきたのです。
現生のアシカやカメ、鳥類などでも、オスの激しい交尾行動によってメスが怪我を負う例があることが知られています。
まさに太古の恐竜でも、同じような「愛の代償」が化石として残されていたのです。
参考文献
At Last, We May Finally Have A Way To Tell Female Dinosaurs From Males
https://www.iflscience.com/at-last-we-may-finally-have-a-way-to-tell-female-dinosaurs-from-males-81438
元論文
Deciphering causes and behaviors: A recurrent pattern of tail injuries in hadrosaurid dinosaurs
https://doi.org/10.1016/j.isci.2025.113739
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

