海の恐るべき捕食者として知られるホオジロザメ。
そんな彼らでも尻尾を巻いて逃げる存在がシャチです。
そしてこのほど、米カリフォルニア州立大学モントレーベイ校(CSUMB)の最新研究で、シャチがホオジロザメをひっくり返して無力化し、捕食する事例が目撃されました。
これはホオジロザメがひっくり返されると、体が硬直して動かなくなる性質を利用した巧妙なハンティング方法です。
研究の詳細は2025年11月3日付で科学雑誌『Frontiers in Marine Science』に掲載されています。
目次
- ホオジロザメの“無力化”、シャチの巧妙なハンティング戦略
- 変わる生態系と学習するシャチたち
ホオジロザメの“無力化”、シャチの巧妙なハンティング戦略
今回、注目されたのは、北太平洋のカリフォルニア湾に住む「モクテスマ群」と呼ばれるシャチのグループです。
この群れは、ホオジロザメの若い個体を標的とし、他の海域ではほとんど記録のなかった特殊な捕食行動を繰り返し観察されました。
現場では5頭ほどのシャチが協力し、まずホオジロザメを疲れさせて水面近くまで追い詰めます。
その後、サメの体を巧みにひっくり返して「背中を下」にすることで、サメを強直性不動(トニック・イモビリティ)と呼ばれる一種の麻痺状態に陥らせました。
この状態では、サメはまるで催眠術にかかったように完全に身動きが取れず、抵抗や逃走ができなくなります。
【実際の狩りの画像がこちら】
こうして無力化されたサメから、シャチたちは巧みにエネルギーが豊富な肝臓を取り出して食べたのです。
実際に、複数回の観察でシャチがホオジロザメの肝臓を口にくわえ、群れで分け合っている様子が記録されています。
この「ひっくり返して無力化→肝臓だけを食べる」戦法は、サメが持つ栄養源を効率よく手に入れる知恵と、狩りのリスク(噛みつかれる危険)を最小限に抑える工夫の両方を兼ね備えたものです。
また、狙うのが未熟な若い個体であることも、シャチ自身の安全と成功率を高める要因となっていると考えられます。
変わる生態系と学習するシャチたち
このモクテスマ群による巧妙なサメ狩りの背景には、近年の気候変動や海洋環境の変化が大きく関わっているとみられています。
近年、エルニーニョ現象などの影響でカリフォルニア湾におけるホオジロザメの「保育場(nursery)」が拡大し、若い個体の数が増加しています。
経験の浅い若いサメは、シャチの存在に気づかずに狙われやすくなっている可能性があります。
一方で、成体のホオジロザメは、シャチの狩りが始まると即座にその海域から姿を消し、何か月も戻ってこないことが分かっています。
さらに今回のような巧妙な狩りの技法は、シャチの群れ内で「世代を超えて伝承される」社会的学習によって磨かれてきたと考えられます。
モクテスマ群はこれまでにもエイやジンベエザメ、オオメジロザメなど大型のサメ類も巧みに狩ってきたことが記録されており、経験からより効率的な捕食戦略を獲得しているのでしょう。
実際、研究者は「シャチがサメやエイを食べることは他の地域でも知られていたが、ホオジロザメの若い個体を執拗に狙うのはカリフォルニア湾では珍しい」と指摘しています。
今後は、カリフォルニア湾におけるシャチの食性調査や、保育場における若いサメの個体数変動などを追うことで、さらに生態系全体のつながりが明らかになると期待されています。
参考文献
Orcas in the Gulf of California paralyze young great white sharks before ripping out their livers
https://www.livescience.com/animals/orcas/orcas-in-the-gulf-of-california-paralyze-young-great-white-sharks-before-ripping-out-their-livers
Orcas seen killing young great white sharks by flipping them upside-down
https://www.eurekalert.org/news-releases/1103158
元論文
Novel evidence of interaction between killer whales (Orcinus orca) and juvenile white sharks (Carcharodon carcharias) in the Gulf of California, Mexico
https://doi.org/10.3389/fmars.2025.1667683
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

