アメリカのテキサス大学アーリントン校(UTA)とアサンプション大学で行われた研究によって、「心理的豊かさ」を求める人ほど、あえてお化け屋敷や超すっぱい料理など恐怖や不快な体験をとりやすい傾向があることがわかりました。
また研究ではこうした傾向の背景には「自己成長したい」という動機が深く関わっていることも明らかになっています。
つまり、心理的豊かさを追求する人にとって、不快な体験は心を鍛え、自分を高めるための貴重な「投資」のようなものなのです。
しかし恐怖や不快がどうして自らの成長と関連するのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年5月7日『Psychology & Marketing』に掲載されました。
目次
- 恐怖が楽しい理由
- 「恐怖」と「不快」が人生を豊かにするという視点
- お化け屋敷が教えてくれる「成長」の秘密
恐怖が楽しい理由

世の中には、わざわざお金を払ってまで怖い思いをしたがる人がいます。普通、人は痛みや恐怖からは逃れたいものです。
それなのに、遊園地のお化け屋敷やホラー映画には行列ができ、激辛グルメやジェットコースターにも熱狂的なファンがいます。
事実、この10年でホラー映画の市場シェアは約2倍(2013年4.87%→2023年10.08%)に伸びており、怖がらせる娯楽ほど人気が高まっているのです(アメリカの映画市場データによる報告)。
この不思議な現象について、心理学者たちはこれまでにも様々な説明を試みてきました。
例えば、一つはスリルを追い求める性向、いわゆる「センセーション・シーキング(刺激追求型の気質)」です。
また、これまでの研究によって「怖さ」と「楽しさ」は逆U字、つまり“ほどよい恐怖が一番楽しい”という関係があると考えられています。
このことは人類は適度な恐怖を遊びとしてとらえる性質を持っていることを示しています。
実際、夢の「脅威シミュレーション理論」では、私たちの心は古くから、襲撃・追跡・迷子といった危険を仮想的に何度もリハーサルし、察知や回避のスキルを鍛えるように進化してきたとされています。
お化け屋敷やホラー映画は、その“稽古場”を現代に残したものだとみなせます。
安全圏から恐怖をのぞくとき、私たちは「どこで逃げるか」「音や影をどう手掛かりにするか」といった判断の回路を、痛手なく試運転できます。
こうした反復練習が、生き延びるための力を育ててきた可能性もあります。
そして、生存に有利になる行動に対して進化はそれを「快」と感じるように変えてきたのです。
また、感情には“後味の快”があるという考え方もあります。
対過程理論では、強い恐怖の直後には安堵や高揚といった逆向きの感情が立ち上がり、繰り返すほど恐怖は弱まり、後味の快が強くなるとされます。
絶叫マシンやホラー映画の「見終わったあとの爽快感」や「笑い合う高揚感」がやみつきになるのは、この反動的な快が学習によって強まるためだと説明できます。
そして、「恐怖の共有」という社会的な側面も重要です。
人は恐怖を共にすることで仲間意識を高めたり、絆を深めたりする傾向があります。
文化人類学的には、祭りや儀式の中にあえて恐怖や不安を煽る要素を盛り込み、その感情をグループで共有することで集団の団結力を高める仕組みが昔から知られています。
この文脈で言うと、「なまはげ」もまたその一例と言えるでしょう。
しかし、恐怖を好む理由はそれだけではありません。
もう一つの有力な考え方として、「人生経験をコレクションしたい」という欲求があります。多少苦しくても珍しい体験を思い出として積み上げ、自分の心を豊かにしたいという考え方です。
言い換えれば、「多少不快でも心が揺さぶられる体験こそが自分を成長させる」という価値観です。
ただし、この考え方は、スリルや恐怖の心理を説明する従来の理論に比べ、研究があまり進んでいませんでした。そこで今回の研究チームは、心理的豊かさを追い求める内面的な動機が、恐怖や不快な体験を求める心の働きと関係しているのかを調べることにしました。
「恐怖」と「不快」が人生を豊かにするという視点

心理的豊かさのために人間は恐怖や不快を望むのか?
このユニークな仮説を確かめるため、研究チームは質問調査と実験を組み合わせた大規模な検証を行いました。
合計2,275名を対象に、なんと10種類にも及ぶ多彩なテストが実施されています。
例えば、参加者にお化け屋敷のフリーパス広告を見せて「行ってみたいですか?」と尋ねたり、超酸っぱい料理の説明を読んでもらって「注文したいと思いますか?」と質問したりしました。
結果は明快でした。
心理的豊かさ志向が強い人ほど、不快な体験を選ぶ傾向が一貫して高かったのです。
心理的豊かさのスコアが高い参加者は、お化け屋敷に「行きたい」と答える率が低い人よりも有意に高く、超酸っぱい料理も「試してみたい」と思う傾向が顕著でした。
また、「安らぎの庭園」と「真っ暗な迷路」という正反対の体験からどちらか選んでもらう二択では、心理的豊かさが高い人ほど暗闇迷路を選びやすく、オッズ比2.75(統制後2.81)と、選ぶ確率の差がはっきり示されました。
しかもこの効果は、単なるスリル好きやリスク耐性の違いでは説明できません。
そうした要因を統計的に考慮に入れてもなお、心理的豊かさ志向と不快な選好の関連は消えずに残ったのです。
こうした結果は、心理的豊かさを重視する傾向と不快な体験を選びやすい傾向が、単なる偶然ではなく安定した関係にあることを示しています。
さらに一部の実験では、心理的豊かさを一時的に意識させる工夫をしたうえで、その後でホラー映画の見放題サービスにどれだけ興味があるか評価しました。
すると7段階評価の平均3.11→3.82と0.71ポイントの上昇がみられ、心が豊かになる操作でホラー映画への興味も高まっていました。
加えて超酸っぱいメニューへの関心も4.14→4.73(+0.59)に上がりました。
つまり心が豊かであろうとするだけで、恐怖を与えてくるホラー映画に興味が出て、不快をもたらしかねない超酸っぱい料理にチャレンジしたくなったのです。
(※もともと心の豊かさの探求力が強い人の恐怖や不快を好むレベルに近づいたとも言えます)
では、なぜ心理的豊かさを求める人や求めたくなった人はそこまでして恐怖や不快な体験に惹かれるのでしょうか?
詳細な分析の結果、そのカギは予想通りの動機にあることが浮かび上がりました。
統計解析により、「自己成長」の志向こそが心理的豊かさと不快な選択を結びつける決定的な因子であると示されたのです。
言い換えれば、心理的豊かさを追求する人は「ただ珍しい体験のネタが欲しい」のではなく、「自分を高めたい」という思いからこそ苦い挑戦に飛び込んでいるのです。
さらに興味深いことに、「自己成長したい」という気持ちを全員に強く意識させることで、恐怖や不快な体験に惹かれるレベルを、最初からそういう意識があった人々と近い水準に押し上げられることも分かりました。
言い換えれば、成長への意欲という「燃料」を心に満たすと、もともとの心理的豊かさの差による好みの違いが小さくなるということです。
この結果は、不快な体験への興味を動かす本質がやはり「自己成長への願い」であることを強く示しています。
お化け屋敷が教えてくれる「成長」の秘密

本研究は、「なぜ人はわざわざ怖い体験をしたがるのか?」という謎に対し、新たな答えを提示しました。
ズバリ、心理的豊かさ――退屈しない豊かな人生を送りたいという願い――こそが、不快な体験を選ぶ主要な動機の一つだったのです。
心理的豊かさを追求する人にとって、恐怖や痛みは単なる嫌な感情ではなく、自分の物語に深みを与えるための大切なスパイスなのかもしれません。
あえて言うなら、痛みや恐怖は心を豊かにするための自己投資として機能しているとも言えるでしょう。
目先の快適さを手放してでも得たい「心理的豊かさ」というリターン(配当)が、人々をお化け屋敷や過酷な挑戦へと駆り立てているのでしょう。
この発見は実社会にも示唆を与えます。
エンタメ業界やマーケティングの現場では、「ただ楽しい」ではなく「ゾクゾクする成長体験」が得られることをアピールする戦略が考えられます。
実際、論文では製品やイベントの宣伝において未知の体験や視野が広がるような変化を強調することで、心理的豊かさ志向の消費者に響くと提言されています。
例えばホラーアトラクションや過酷なサバイバル旅行の宣伝では、「怖いけど成長できる!」といった切り口を打ち出せば、新しいもの好きの心をつかむかもしれません。
研究チームは今後、より現実に近い環境や多様な文化的背景でこの現象を追試し、理解を深めることが望まれると述べています。
人生を本当に豊かに彩ってくれる出来事は、必ずしも心地よいものばかりではないのかもしれません。
怖かったり苦しかったりする経験の中にこそ、私たちの心に長く残る宝物が潜んでいる可能性があるのです。
元論文
The Allure of Pain: How the Quest for Psychological Richness Drives Counterhedonic Consumption
https://doi.org/10.1002/mar.22223
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
