「教室の中で、太古の秘密に出会う」
そんなワクワクする瞬間が、実際に日本の高校生の手によって生まれました。
2024年10月、慶應義塾湘南藤沢高等部の理科の授業中、高校3年生の市川綾萌さんが、約30万年前の「マルハナバチ」の化石を発見。
しかも女王バチ個体であることが、玉川大学・ 慶應義塾大学の研究で明らかになりました。
研究の詳細は2025年10月6日付で科学雑誌『Paleontological Research』に掲載されています。
目次
- 授業中に発見された貴重な化石
- 化石発見がもたらす学術的なインパクト
授業中に発見された貴重な化石
2024年10月、神奈川県藤沢市にある慶應義塾湘南藤沢高等部の理科室で、一人の高校生が貴重な発見をしました。
市川綾萌さん(当時高校3年生)は、栃木県那須塩原市の「木の葉化石園」から提供された岩石ブロックの中に、見慣れぬ昆虫のシルエットを発見したのです。
この授業は理科のカリキュラムの一環で、教室内で実際に化石採集体験ができるユニークなもの。
指導を担当していた教諭は、その標本の保存状態の良さにすぐさま注目しました。
発見された化石は、30万年前の地層のもので、胸部・腹部・翅・脚の一部が鮮明に保存されていました。
特に、全長24ミリにも及ぶ大型の個体であったことから、女王バチであると考えられました。
【実際の画像がこちら】
さらに翅に走る細かな脈(翅脈)や、腹部・脚に密集する長い毛など、マルハナバチ特有の特徴が明瞭に残されていたのです。
マルハナバチ(Bumblebee)は、ふかふかの毛に覆われた丸い体から「空飛ぶぬいぐるみ」とも呼ばれ、特にヨーロッパで人気の高い昆虫です。
花粉を運ぶ「花粉媒介昆虫」として、トマトやナスの人工授粉にも広く活用され、農業にも大きな貢献を果たしています。
日本国内でも15種が知られていますが、近年は世界的に数が減少し、将来的な絶滅が危惧されています。
実は、これまで世界で報告されたマルハナバチの化石は、わずか14種・標本数15個しかありませんでした。
しかも、いずれも3600万年前〜1000万年前(始新世〜中新世)の絶滅種であり、現代の種と直接つながる証拠はまったく見つかっていませんでした。
今回の化石は、それよりもはるかに新しい30万年前のもので、しかも現生種「トラマルハナバチ(Bombus diversus)」に非常によく似た特徴をもっていたのです。
この驚くべき発見により、市川さんが授業中に割った一つの石から、「現生種にきわめて近いマルハナバチの大型女王バチ化石」が初めて明らかになりました。
化石発見がもたらす学術的なインパクト
なぜ、このような歴史的発見が教室の中で生まれたのでしょうか?
その背景には、「木の葉化石園」が長年にわたり続けてきたアウトリーチ活動があります。
木の葉化石園では、地層から採取した岩石ブロックを教育機関向けに提供し、子どもたちが教室内で化石採集を体験できる仕組みを全国に広めてきました。
この仕組みは1990年代からスタートし、今では年間10万個を超える岩石ブロックが全国の学校や博物館、地域イベントで利用されています。
野外に出かけることなく、本物の化石の発見体験ができるこの活動は、子どもたちに科学の面白さを伝える画期的な教育手法です。
また、今回の化石発見は、研究者と教育現場が密接に連携したことにも意味があります。
市川さんが見つけた標本は、専門の研究者らがマルハナバチ属のものと同定。
その後、ミツバチ科の専門家・玉川大学の小野正人教授に協力を依頼し、現生種「トラマルハナバチ」との類似性が確認されました。
学術的には、鮮新世から更新世にかけての時代は多くの昆虫が種レベルで分化した可能性が高いとされます。
そのため、今回の発見は「マルハナバチの進化の空白」を埋める貴重な証拠資料となります。
さらに、今回のように授業中に学術的に高い価値を持つ化石が発見された事例は、2年前にも同じ慶應義塾系列校で報告されています。
高校生によるセンチコガネ新種化石の発見が世界初としてニュースとなりました。
こうした実践的な授業が、世界の科学研究と直結する事例が続いているのです。
今回のマルハナバチ化石も、頭部こそ失われていましたが、胸部・腹部・翅・脚といった主要部分が精密に保存されており、保存状態・大きさともに世界でも最上級と評価されています。
日本から発見されたミツバチ科の化石としても55年ぶり2例目という希少な標本です。
この標本は、すでに「木の葉化石園」に収蔵され、今後も公的な場所で研究・保存されていく予定です。
参考文献
高校生が授業中に世界的貴重なマルハナバチ化石を発見―化石は30万年前の全長24mmの大型女王バチ―
https://www.tamagawa.jp/research/academic/news/detail_25281.html
元論文
A fossil bumblebee (Hymenoptera, Apidae, Bombini) from the Middle Pleistocene Shiobara Group in Nasushiobara, Tochigi, Japan
https://doi.org/10.2517/prpsj.250013
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
 
  
  
  
  
