中国の清華大学(Tsinghua University)を中心とする研究チームが、AIに宇宙の謎を解かせるという驚くべき成果を発表しました。
チームが開発したのは、「PhyE2E(フィジー・エンドツーエンド)」と名付けられた新しい人工知能システムです。
このAIは、宇宙で観測されたさまざまなデータを学習すると、その背後にある物理法則を人間にも分かりやすい数式として自動的に導き出します。
言ってみれば、「データを食べると数式を吐き出す魔法の箱」のようなAIです。
たとえば、太陽の表面に現れる黒点の活動を予測するための数式をAIに見つけさせたところ、なんとNASAが1994年に示した従来の公式を上回る、より精度の高い新しい数式が導き出されました。
さらに地球の近くの宇宙空間に広がっている「プラズマ」という電気を帯びた粒子の集まりの圧力についても、AIは驚くほどシンプルな法則を発見しました。
驚くべきは、このAIの計算速度の速さです。
代表的な従来の数式発見方法(PySRと呼ばれる手法)と比較すると、なんと約100倍という圧倒的な高速で同じ精度の数式を導き出せるというのです。
人間が地道な計算や検証に長時間を費やしてきたこれまでの常識を、このAIが一気に塗り替えるかもしれません。
しかも新たなAIは人類が理解しやすいように数式を調節する機能が備わっており、人間に寄り添う設計になっています。
研究内容の詳細は2025年10月15日に『Nature Machine Intelligence』にて発表されました。
目次
- AIが物理法則を発見する時代が既に来ているが人間はそれが理解できない
- 新しいAIは人類にわかりやすい数式を吐き出すように調整されている
- まとめ:AIが法則を提案、人間が意味を追う時代へ
AIが物理法則を発見する時代が既に来ているが人間はそれが理解できない

「物理法則を発見する」という言葉を聞くと、ケプラーやニュートンのような偉大な科学者が、天から舞い降りるような「ひらめき」を得る場面をイメージするかもしれません。
実際、歴史をひも解けば、物理の法則を数式として導くためには、長く苦しい試行錯誤がつきものでした。
たとえば17世紀の天文学者ケプラーは、火星の軌道を調べて「楕円」というシンプルな法則を見出すまで、実に40種類もの仮説を立てては失敗を繰り返しました。
19世紀の物理学者ファラデーも同様で、電気と磁気の関係を理解するまで、何度も実験を繰り返してやっと「電磁誘導の法則」にたどり着いたのです。
つまり、人類にとって自然の法則を見つけるというのは、途方もない忍耐と「ひらめき」が不可欠な営みだったのです。
ところが近年、そうした「ひらめき」や「直感」の領域に、人工知能(AI)が足を踏み入れようとしています。
それが今回の研究でも使われている「シンボリック・レグレッション(記号的回帰)」と呼ばれる手法です。
これは簡単に言えば、「実験や観測のデータをコンピューターに読み込ませると、背後に隠れている数式を見つけてくれる」という便利な仕組みです。
人間がいちいち仮説を立てる代わりに、AIが膨大なデータを分析して「この現象には、こんな数式がぴったり合いますよ」と教えてくれるわけです。
一見すると夢のようですが、ここにはひとつ大きな問題がありました。
それはAIが見つける数式が「人間にとって分かりやすい」とは限らないことです。
というのも、AIは「結果が正しければそれでいい」という姿勢で数式を作り出します。
ただし、近年はAI側にも「単位の整合性」や「式の簡潔さ」を評価する仕組みを取り入れ、人間にとって納得しやすい形を目指す研究も進んでいます。
この「ブラックボックス」問題は科学者にとっては重大な障害でした。
いくら予測が正しくても、その式が物理的に何を意味しているのか理解できなければ、本当の意味で「物理法則」として役立てるのは難しいからです。
しかし、人間が理解できなくても役立つ式が既に多数発見されているのも事実です。
たとえば海で突然現れる荒波(ローグウェーブ)を予測する式です。
現実の海で得られた観測データをAIと数理解析で調べると、「人間の直感ではすぐには理解できない数式」が現れました。
ところが、この数式をもとにした発生確率モデルによって、異常波の発生地点やタイミングをある程度予測できることが分かり、安全対策への応用が進められています。
(※この式の人間の理解度は5段階中4「ほぼ解明だが部分的には未解明」段階です)
また、惑星が遠くの星の前を横切るときに起きる「重力マイクロレンズ」という現象では、近年の研究で複数の退化解(同じ観測結果を説明できる別の数式)があることが分かり、AIを使った解析によってその構造を整理する試みも進んでいます。
このような解析では、観測データの違いを一つの仕組みで説明できる可能性が示され、観測の理解がさらに深まりました。
(※この式の人間の理解度は5段階中4「ほぼ解明だが部分的には未解明」段階です)
量子物理学の分野でも、機械学習とシンボリック回帰という手法を使って量子の性質を予測する式が多数導き出されています。
しかし、それらの式がなぜそうなるのかを人間が理解するには、まだまだ長い道のりが必要です。
(※この式の人間の理解度は5段階中2「未解明の部分が多い」段階です)
さらに数学の世界でも、ラマヌジャン・マシンと呼ばれるAIシステムが作り出した「謎めいた数式」が存在しています。
このAIは、さまざまな数字を組み合わせて、シンプルで美しいけれども一見すると非常に奇妙な数式を大量に見つけています。
興味深いことに、AIが導き出したこれらの新しい数式は、コンピューターで精密に検証すると「正しい」と言えるほど極めて高い精度を示します。
にもかかわらず、「なぜこの数式が正しいのか」「どんな数学的な原理が背後にあるのか」を人間が理論的に証明できないケースが非常に多く残っています。
(※この式の人間の理解度は5段階中2「未解明の部分が多い」段階です)
つまり、今のAIが導く物理法則は「理由はよく分からないがよく当たる」ことが多いのです。
ただ、この状況は決して満足できるものではありません。
やはり科学にとって重要なのは、その現象がなぜ起きるのかを説明できることです。
そこで清華大学らの研究チームは、シンボリック回帰の手法を大幅に改良して、「物理的な意味を人間が納得できる形で表した数式」をデータから直接導き出すという挑戦に踏み切ったのです。
人間の直感とAIの予測力が融合することで、「ブラックボックス」という大きな壁を打ち破る可能性が、いよいよ現実的になってきました。
新しいAIは人類にわかりやすい数式を吐き出すように調整されている

さて、今回の研究の最大のポイントは「AIがどのようにして物理法則を見つけ出すのか」という部分です。
AIが数式を見つけるというのは、なんだか魔法みたいな話に聞こえるかもしれませんが、その仕組みは魔法ではなく、ちゃんとした工夫とアイデアでできています。
研究チームが今回作り上げたAIシステムの名前は、「PhyE2E(フィジー・エンドツーエンド)」と言います。
これは直訳すると「物理を端から端までつなげる」という意味で、要するに観測データを入力すると、その背後にある物理の数式を一貫して見つけてくれる仕組みになっています。
では具体的にどのように数式を見つけ出すのか。
まず、AIがベースとして使っているのは「Transformer(トランスフォーマー)」と呼ばれるニューラルネットワークの一種です。
これはもともと翻訳や文章生成などで大成功したAIで、大量のデータから法則性やパターンを見つけ出すのが得意です。
研究者たちはこのAIを物理学のデータに応用し、観測した数値データを学習させて、そのデータを最も正しく説明できる数式を探すようにしました。
ところが、ここで一つ工夫が加わります。
それが「単位を正しく扱う」というポイントです。
物理の世界では、数式の右側と左側の単位が合っている必要があります。
たとえば距離を求める式なら結果はメートル(m)でなければいけませんし、時間なら秒(s)といった具合です。
AIにとってはただ数字が合えばいいわけですが、ここであえて「単位が合うかどうか」をチェックする条件を加えました。
こうすると、人間の物理学者にとって納得しやすい式だけが出てくることになります。
さらにもう一つ、AIが数式を探す際に「いきなり複雑な式を探す」のではなく、「まず大きな問題をいくつかの小さな問題に分割する」という戦略を取り入れました。
これはまるでパズルを解くように、大きな謎を小さなピースに分け、それぞれに当てはまる式を順番に探していくというやり方です。
実は物理学の研究でも、大きな問題を部分的に切り分けて解いていく手法はよく使われているため、この考え方はとても合理的です。
最後の仕上げとして、AIが見つけた数式にさらに「ブラッシュアップ」をかけます。
AIが最初に提案した数式は、多くの場合まだ完全に洗練されていません。
そこで使うのが「遺伝的アルゴリズム」と「モンテカルロ木探索」という、二つの数式を改良する手法です。
「遺伝的アルゴリズム」とは、式を生物の遺伝子のように扱い、良い数式同士を組み合わせたり、あまり良くない数式を取り除いたりする方法です。
一方の「モンテカルロ木探索」は、可能性がありそうな数式を少しずつ試して、次第に精度が高い式を見つけていく方法です。
これらを組み合わせることで、最終的にはシンプルで精度の高い式が得られます。
こうした工夫により、PhyE2Eはとても高い精度で物理法則を導くことに成功しました。
特に単純な現象については、低複雑度の問題で約98%という精度で数式を正しく当てることに成功しました。
全体的に見ても、従来の似たような手法よりベースラインと比べて最大で約40%高い精度で法則を見つけることができました。
さらに、このAIの強みは、少ないデータしかない状況でも比較的安定して正しい式を見つけられるという点です。
これは実際の物理研究ではとても重要なポイントで、データが不十分な場面でも、AIが頼もしいアシスタントになり得ることを示しています。
このように、AIが単に「ブラックボックス」として役立つだけでなく、人間が理解し納得できる数式を導き出せるようになったことは、科学研究において大きな進歩だと言えるでしょう。
では、この新しいAI「PhyE2E(フィジー・エンドツーエンド)」は、具体的にどのような物理問題に挑んだのでしょうか?
研究チームは、その実力を示すため、宇宙物理学の「解明が難しい」とされる代表的な5つの問題をテストとして選びました。
①「太陽の黒点の長期リズム」
②「地球の周りのプラズマ圧のシンプル法則」
③「太陽の自転スピードの法則」
④「太陽からのEUV光の強さを決める法則」
⑤「月が作る電場の法則」
ひとつ目は、太陽の表面に現れる黒点の「長期的なリズム」を解明するという問題です。
実は太陽の活動は、約11年周期で活発になったり落ち着いたりすることが知られていますが、その背景にはもっと長い周期も潜んでいると考えられてきました。
しかし、実際にどのような周期が隠れているのかは、これまでの研究でははっきりと特定できていませんでした。
そこで研究チームは、観測された黒点数のデータをAIに学習させ、「数式」を導き出させました。
すると、このAIが提示した数式は、よく知られる約11年周期だけでなく、約60年周期や約205年周期といった、これまで明確には知られていなかった長周期の存在まで示唆していたのです。
しかも驚くことに、この60年周期というのは、東アジアで昔から暦や干支などの周期で用いられてきた60年のサイクルと偶然一致しています。
また約205年という周期も、太陽系の惑星運動と関係している可能性があり、今後の研究で検証が進むと見られます。
つまり、AIが導き出した数式は、これまで人類がぼんやりとしか捉えられていなかった現象を、明確な形で示すことに成功したのです。
ただし、この新しい周期の存在は、今後さらに精密な観測や理論的な検証を経て確かめられる必要があります。
ふたつ目は、地球の周りに広がる宇宙空間(近地球空間)に存在するプラズマ(電気を帯びた粒子の集まり)の圧力が、「地球からどのくらい離れると、どれくらい弱くなるか」という法則を導く問題です。
従来は、衛星観測データを使って、「プラズマの圧力が地球から離れると指数的に弱まる」という経験則が知られていました。
ところがPhyE2Eは、同じデータを元にもっとシンプルでわかりやすい「近地球圏では距離の2乗におおむね反比例する」という新たな関係を導き出しました。
距離の2乗に反比例するというのは、重力や光の強さが遠ざかるほど弱まる法則と同じタイプの減少のしかたです。
このように、物理の基本的な考え方と同じ形でプラズマ圧力も減ることが示されました。
この新しい数式は、他の衛星データでも高い精度で再現され、今後の宇宙空間での安全対策や衛星運用にも役立つ可能性があります。
研究ではこの2つにさらに3つを咥えた合計5つの課題を通じて、このAIが出した数式の多くは、人間の直感に合う物理的な意味を持つことが確かめられました。
物理学における「理解」とは、「原因と結果の関係を人間が理論的に納得できる」ことを意味します。
物理学者が求めているのは単なるデータの再現性ではなく、その現象を支配する根本的なルールです。
人間本位な考えではありますが、ここが守られないと、物理学は自然の神秘を解明する場ではなく、単なる実用に便利な公式を発見するだけの場になってしまうでしょう。
そういう意味でAIが「自然の法則を人間が理解できる数式として提示できる」ことを実際に証明した本研究は非常に大きな意味があると言えます。
まとめ:AIが法則を提案、人間が意味を追う時代へ

今回の研究が示した最も重要なポイントは、「AIが観測データから物理法則を導き出し、人間にも理解できる形で提示できる」ということです。
これまでの科学研究、特に物理学では、法則を見つけるために人間の勘や試行錯誤に頼らざるを得ませんでした。
今回の研究によって、その大変な仕事にAIという強力なパートナーが加わったことになります。
研究チームは、この新しいアプローチを「データから法則へ」の新しい流れだと位置づけています。
つまり、人間が仮説やモデルを先に立てて検証するのではなく、まずデータをAIに読み込ませ、AI自身がそのデータから最も合う方程式を提案するというスタイルです。
この流れは、将来的に物理学だけでなく、流体の動きや材料の性質など、さまざまな科学分野に応用される可能性があります。
とはいえ、ここで誤解してはいけない点があります。
AIがどれほど正確な数式を出したとしても、その数式が本当に普遍的な「自然法則」と呼べるかどうかを判断するのは、やはり人間の役割です。
今回の研究でも、AIが示した式が「なぜその形になるのか」を調べる段階では、人間の専門知識と理論的な洞察が欠かせませんでした。
また、AIは決して完璧な「万能法則発見器」ではありません。
AIが導く数式の精度は、学習に使われたデータの範囲内に限られます。
データを超えた予測や、計測の誤差が大きい環境では、結果が外れたり不確かになったりする可能性もあります。
したがって、AIが見つけた新しい法則や数式が本当に自然界の普遍的ルールといえるかどうかは、追加の観測や理論検証を積み重ねることで確かめていく必要があります。
それでも、この研究がもたらした影響は非常に大きいものがあります。
これまで人間が気づかなかった新しい法則をAIが見つけ出し、しかもそれが人間にも理解できる形の数式として提示されたことは、物理学にとって画期的な成果といえます。
実際、今回の論文ではAIが導き出した数式の具体的な形や係数などが詳しく示されており、研究者たちがそれをもとに追加の検証や改良を行える状態になっています。
このような仕組みが広がれば、今後は物理学だけでなく、流体の動き・材料の性質・気象・生物のリズムといった多様な分野でも、AIがデータから法則を見いだす手法が活躍するでしょう。
私たちはいま、まさに「AIが理論を提案し、人間がその意味を解き明かす」という新しい科学の時代の入り口に立っています。
その未来は、これまで想像していた以上に創造的で、そして刺激的なものになるはずです。
元論文
A neural symbolic model for space physics
https://doi.org/10.1038/s42256-025-01126-3
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

