私たち人間は、壊死や重い感染症が広がるのを防ぐため、やむを得ず手術によって手足を切断することがあります。
この「最悪を想定しての決断」は、命を守るための苦渋の選択です。
実は、こうした“予防的な切断”のロジックは、人間だけのものではありません。
アフリカ産のアリ(学名:Camponotus maculatus)が、仲間の命を救うために「脚の切断」を迷わず実行していることが、ドイツ・ヴュルツブルク大学(Julius-Maximilians-Universität Würzburg)の研究チームにより、明らかになったのです。
本研究は2025年10月22日付の『Proceedings of the Royal Society B』誌に掲載されました。
目次
- アフリカ産アリは負傷者の脚を“迷わず切る”
- 「即切断」がアリの生存率を2倍以上に高めていた
アフリカ産アリは負傷者の脚を“迷わず切る”
野生動物の世界では、狩りや餌探し、縄張り争いなどで怪我を負うことは日常茶飯事です。
傷口にはさまざまな細菌やカビなどの病原体が侵入しやすく、放っておくと全身感染に発展し、命を落とすことさえあります。
とくにアリやハチ、シロアリといった「社会性昆虫」は、多くの仲間が密集して巣で生活しているため、感染症が広がるリスクが格段に高い生き物です。
こうした危機を乗り越えるため、社会性昆虫は集団防衛戦略を持っています。
たとえば、アリの一種Megaponera analisは、傷ついた仲間の傷に抗菌物質を塗布し、生存率を大幅に高めていることが報告されています。
では、今回の主役であるアフリカ産のアリ「Camponotus maculatus」はどうでしょうか。
ヴュルツブルク大学の研究チームは、Camponotus maculatusのコロニーを実験室で飼育し、意図的に個体の脚を傷つけることで「感染あり(細菌を塗布)」と「感染なし(無菌処置)」の2グループを作成しました。
さらに、傷ついた個体を巣に戻し、仲間たちがどのような対応を見せるのかをじっくり観察しました。
このアリたちが見せた“治療法”は、なんと「傷ついた脚を切断する」というものでした。
傷のある脚を見つけると、仲間のアリは自分の大顎でその脚を根元から噛み切ります。
ここで特筆すべきは、「感染しているかどうか」や「傷が新しいか古いか」といった条件に関係なく、とにかく“念のため”切断が行われるという徹底ぶりです。
つまり、「最悪の事態」を常に想定して、感染が広がる前に脚ごと切り落としてしまうのです。
実験では、傷ついた個体が巣に戻ってから最初の2時間以内に、多くの個体で切断が行われていました。
では、この「緊急切断手術」には、どれほどの効果があるのでしょうか。
「即切断」がアリの生存率を2倍以上に高めていた
分析の結果、この「予防的切断」は極めて高い効果を持つことがわかりました。
細菌感染を受けた個体であっても、早め(0〜6時間以内)に切断すると死亡のリスクは大きく下がることが分かりました。
たとえば、1時間後の切断で死亡率が最大66%(低濃度)、51%(高濃度)低下しました。
一方、12時間を超えた後の切断では、死亡率低下の効果はほとんどなくなります。
つまり、「なるべく早く切断する」という素早い判断こそが、仲間の命を救う最善の方法であり、アフリカ産アリはその戦略で生存率を2倍以上に高めていたのです。
さらに興味深いのは、仲間のアリは「感染しているかどうか」を即座に見分けられないという点です。
体表の化学物質には、感染の有無による変化が24時間経過しないと現れません。
したがって、感染が広がる前に「とりあえず切っておく」という決断が選択されてきたのでしょう。
また、脚を切断された個体でも、寿命や巣での生活に大きな悪影響は生じていませんでした。
だからこそ、仮に「無駄な切断」だったとしても、やっておく方が全体の生存率を上げられるのです。
今回の研究は、「予防的な切断」というシンプルながらも極めて合理的な生存戦略が、アフリカ産アリの間で発達していることを明らかにしました。
彼らの本能に埋め込まれた「迅速な決断」が、彼らの種を守ってきたのです。
参考文献
Carpenter Ants: Better Safe than Sorry
https://www.uni-wuerzburg.de/en/news-and-events/news/detail/news/carpenter-ants-amputation/
元論文
Better safe than sorry: leg amputations as a prophylactic wound care behaviour in carpenter ants
https://doi.org/10.1098/rspb.2025.1688
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

