ストレスや疲れがたまると、思わず出てしまう「深いため息」。
一方で「ハァ〜」と胸の奥から大きく息を吐き出すと、どこかストレスが和らいで、気分が軽くなった感じはしないでしょうか。
実はスイス・チューリッヒ工科大学(ETH Zürich)の最新研究で、深いため息をつくことは肺の健康を保つうえで重要な働きをしていることが示されたのです。
ため息のメカニズムを探ると、驚くほど精巧な「肺のリフレッシュシステム」が見えてきました。
研究の詳細は2025年9月29日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。
目次
- 深いため息が「肺の表面」を守る?
- なぜ「深いため息」が胸を軽くし、肺をリフレッシュさせるのか
深いため息が「肺の表面」を守る?
ふだん意識せずにしている呼吸ですが、私たちの肺の内部では絶えず繊細なバランス調整が行われています。
肺の表面には、特殊な液体が薄い膜となって広がっており、呼吸のたびに肺胞(空気を交換する小さな袋)をしなやかに膨らませたり縮ませたりする手助けをしています。
この「液体の薄い膜」は、まるで自転車のオイルのように、肺胞同士がくっついてつぶれてしまわないように滑らかな動きを保ち、肺がスムーズに働けるよう支えているのです。
特に未熟児や重い呼吸障害の患者さんでは、この液体が足りないことで肺がうまく広がらず、命にかかわるケースもあります。
現代医療では動物由来の「液体の薄い膜」を人工的に補うことで、こうした症状の改善が図られています。
しかし大人の場合、「液体の薄い膜」を外部から補っても十分な効果は得られません。
なぜなら、この液体の働きには単なる「表面張力の低減」だけではなく、「力学的なストレス」や「液体の層構造」など、より複雑なメカニズムが関わっているからです。
そこで研究チームは、「液体の薄い膜」が肺の表面でどのように振る舞うのかを詳しく調べました。
その結果、呼吸運動による「液体の伸び縮み」が、肺の表面の状態に決定的な影響を与えていることが分かったのです。
なぜ「深いため息」が胸を軽くし、肺をリフレッシュさせるのか
チームは、通常の呼吸と「深呼吸(深いため息)」を再現した実験を行いました。
このとき「液体の薄い膜」の表面では、物理的な“表面応力”が大きく変化していることが観測されました。
普段の浅い呼吸では、「液体の薄い膜」の層構造はだんだん「元の状態(平衡)」に戻り、液体の並びがやや不均一になります。
すると肺の動きが徐々に鈍くなり、膨らみにくく・縮みにくくなってしまうのです。
ここで「深いため息」や「深呼吸」が登場します。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すことで、「液体の薄い膜」の層が物理的にグッと引き伸ばされ、再び理想的な層構造が再構築されます。
その際、表面応力が大きく下がり、肺がしなやかに広がる状態が回復します。
実は私たちが「深いため息をついたとき、胸がすっと軽くなる」と感じるのも、この“肺のリフレッシュ”が起きている証拠なのです。
科学的に言えば、深いため息は肺の表面液を再調整し、呼吸の抵抗を減らしている――まさに「自然のメンテナンス機能」なのだと言えるでしょう。
医療現場でも、浅い呼吸が続くと肺の動きが固くなり、呼吸が苦しくなるケースがよく知られています。
最新の実験結果は、こうした臨床の現象とも一致していました。
私たちはつい「ため息ばかりつくと幸せが逃げる」などと思いがちですが、実は身体にとって「深いため息」はなくてはならないリフレッシュの合図なのかもしれません。
参考文献
Why deep sighs are actually good for us
https://medicalxpress.com/news/2025-10-deep-good.html
元論文
Age-related constraints on the spatial geometry of the brain
https://doi.org/10.1038/s41467-025-63628-3
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部