「女性は地図を読むのが苦手」といった言葉を、一度は耳にしたことがあるかもしれません。
確かに、平均的には男性の方が立体的な図形の回転や空間の見通しを立てる課題で高い成績を示すという報告があり、これまで多くの研究では「男女の脳の構造やホルモンの違い」がその要因だと説明されてきました。
しかし実際には、地図を読むのが得意な女性もいれば、方向音痴な男性もいます。
つまり、この“男女差”は生まれつきの能力の違いという視点だけでは完全に説明することはできません。
では、どこで違いが生まれるのでしょうか。
その答えの一端として、幼いころの「遊び方」が関係しているかもしれないという新しい研究が報告されました。
香港大学とケンブリッジ大学の研究者は、3歳半の子どもたちの遊びの傾向を調査し、その子達が10年後の13歳になったときの空間把握能力との関係を分析しました。
すると、幼児期にいわゆる男の子らしい遊びをしていた子どもほど、思春期に入ってから空間把握能力が高いことがわかったのです。
この研究の詳細は、2025年7月15日付けで科学雑誌『Archives of Sexual Behavior』に掲載されています。
目次
- 女子は空間を把握するのが苦手?
- 遊びが育てる“空間把握能力”
女子は空間を把握するのが苦手?
研究の出発点にあったのは、「空間把握能力(spatial ability)」に見られる男女差の正体を探ることでした。
空間把握能力とは、頭の中で物体の位置関係や方向をイメージし、必要に応じて回転させたり、移動させたりできる力のことです。
地図を読むときや、スポーツで相手との距離を測るとき、家具を動かして部屋をレイアウトするときにもこの力が使われています。
これまで多くの研究では、男性のほうがこの空間把握能力を測る課題(立体的な図形を頭の中で回転させる“心的回転”)で高い成績を示す傾向が報告されてきました。
そのため、「男性は空間把握に優れ、女性は言語能力に優れる」などの固定観念が半ば常識のように語られてきました。
しかし研究者たちは、この考え方に疑問を抱きました。
研究者たちは、「男女差」を生まれつきの能力として見るのではなく、どんな経験を重ねて育ってきたかという環境的要因も大きいのではないかと考えたのです。
実際、地図が読める読めないなどは個人差が大きく、女性で得意な人もいれば男性で苦手な人もいます。
ではどのような経験がその差を生むのでしょうか?
そこで注目されたのが、幼児期の遊び方です。幼児期の脳は可塑性(plasticity)が高く、遊びを通して思考の基盤が形づくられる時期です。
そこで彼らは、幼少期にどんな遊びを好むかを調査し、10年後の空間能力にどのような関係を持つのかを調べることにしたのです。
研究では、英国の大規模調査「ALSPAC(エイヴォン縦断親子研究)」のデータを利用しました。
この調査では、子どもが3歳半のとき、「どんな遊びを好んでいたか」を親がアンケート(PSAI)で答えています。
研究チームは10年前と現在のこの調査の回答データを用いて、3歳時点の遊び傾向と、13歳時点の空間把握テスト(心的回転課題)の結果を照らし合わせました。(調査では60%の参加者が10年間継続して追跡出来ていました)
アンケートの質問では「レゴやブロック遊び」「プラモデルなどの組み立て」「乗り物のおもちゃ」「ごっこ遊び」などが含まれます。
これらの傾向からブロック遊びやプラモデル・アスレチックや立体遊具を使った鬼ごっこなど「男の子らしい遊び」と、ごっこ遊び・人形遊びなど「女の子らしい遊び」、お絵かき・パズル・ゲームなど性別で偏らない「中間的な遊び」が分類されました。
子どもたちが13歳になったときに調査された、“心的回転課題”とは、回転した立体図形を見比べて一致しているかを判断するテストで、空間把握能力を測る代表的な方法です。
この調査結果ははっきりしていました。
遊びが育てる“空間把握能力”
調査の結果、3歳半のときに「男の子らしい遊び」を多くしていた子どもほど、10年後に高い空間把握能力を示したのです。
しかもこの関係は、性別にかかわらず見られました。男の子だけでなく、女の子でも男の子のような遊びを多くしていた場合は、思春期になっても優れた空間把握能力を発揮していました。
研究チームはさらに、家庭の収入、親の学歴、子どもの語彙力や運動能力といった要因を統計的に補正しましたが、関係は消えませんでした。つまり、幼児期の遊び方そのものが、のちの空間能力の発達を予測していたのです。
この結果は、「空間のイメージを操る力」が、生まれ持った脳の性質だけでなく、幼いころにどんな体験を積んだかと長い時間をかけて関係する可能性を示しています。
たとえば、レゴで遊んだり、プラモデルを組み立てたり立体の形を考えながら遊んだ、自然と空間的な考え方に触れる機会になります。
また、公園の立体遊具やアスレチックで体を動かすことも、身体の位置と空間の関係を理解する練習になります。
研究者らは、幼児期の遊び傾向と後年の空間課題の成績が関連していたことを示し、経験が学びの土壌になり得ることを示唆しています。
ただし、経験すれば必ず能力が伸びると断定しているわけではありません。
しかし今回の発見は、「遊び」が単なる娯楽ではなく、脳を育てる学習の一部であることを示しています。
積み木やブロック、工作、体を使う遊びは、手を動かしながら空間を“考える”経験を与え、のちの学びや創造力の土台となる可能性があるのです。
よく一般的に言われるような男性が得意、女性が不得手というような問題も、性別による向き・不向きではなく、子ども時代に経験する機会の差が能力の差につながっていたと考えられます。
木登りをしたり、プラモデルを作ったりすることを、男の子のような遊びと考える私たちの固定観念自体が、女性は地図が読めないという将来の新たな固定観念を生んでいたのかもしれません。
子どもが夢中で遊んでいるその時間こそが、将来の能力を育てる一歩になっているなら、子どもの遊び方に男の子みたい、女の子みたい、と大人がケチをつけるべきではないでしょう。
参考文献
Children who “play like boys” in preschool show better spatial abilities a decade later
Children who “play like boys” in preschool show better spatial abilities a decade later
https://www.psypost.org/children-who-play-like-boys-in-preschool-show-better-spatial-abilities-a-decade-later/
元論文
A 10-Year Longitudinal Relationship Between Preschool Sex-Typical Play Behavior at Age 3.5 Years and Mental Rotation Performance in Adolescence at Age 13 Years
https://doi.org/10.1007/s10508-025-03188-1
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部