現代人の多くは「座りすぎ」と言われるほど、椅子に座って過ごす時間が増えています。
デスクワークやリモートワーク、長時間のテレビやスマートフォンの利用など、日常の多くの場面で座ることが当たり前になっています。
こうした生活習慣を「ちょっとでも改善しよう」とする私たちの意識は、健康に良い影響を及ぼすのでしょうか。
フィンランドのトゥルク大学(University of Turku)の研究チームは、毎日30分だけでも座る時間を減らすことで、体のエネルギー代謝が改善することを明らかにしました。
研究の詳細は2025年8月9日付の『Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports』誌に掲載されています。
目次
- 座りがちな現代人の「少しの意識」は健康促進に意味ある?
- 座る時間を毎日30分減らすと、エネルギー代謝が改善する
座りがちな現代人の「少しの意識」は健康促進に意味ある?
便利さが進んだ現代社会では、気がつけば1日10時間以上も座って過ごしているという人が少なくありません。
過去の多くの研究で、長時間の座位行動が肥満や糖尿病、心筋梗塞といった生活習慣病のリスクを高めることが報告されています。
今回の研究が注目したのは「metabolic flexibility(代謝の柔軟性)」、つまり体が状況に応じて脂肪や糖を効率よく使い分ける能力です。
健康な体は、空腹時や安静時は脂肪を燃やし、食後や運動時には糖を主に利用します。
この切り替えがうまくできないと、余った脂肪や糖が体に蓄積しやすくなり、血糖値や中性脂肪が上がりやすくなります。
研究チームは、座る時間を減らすことでこの代謝の柔軟性を改善できるのかを検証しました。
対象となったのは、40~65歳で運動習慣がなく、肥満やメタボリックシンドロームを持つ64人の男女です。
参加者は2つのグループに分けられました。
一方のグループは毎日1時間、座る時間を減らすことを目標に、立ったり歩いたりといった日常の動作を意識して増やすよう指導されました。
特別な運動やジム通いを求めるのではなく、日常の中で「とにかく座る時間を減らす」ことに注目しました。
もう一方のグループは、普段通りの生活を続けるよう指示されました。
全員が6か月間活動量計を装着し、座る・立つ・歩くといった日常の行動がどれくらい変化したのかを記録しました。
さらに、空腹時やインスリン負荷時、軽い運動時や最大運動時の体のエネルギーの使い方を詳しく調べ、代謝の切り替え能力を科学的に評価しました。
座る時間を毎日30分減らすと、エネルギー代謝が改善する
研究の結果、介入グループは平均して1日41分、座る時間を減らすことに成功しました。
しかし、全員が目標の1時間を達成できたわけではなく、対照グループの一部にも自然と座る時間が減った人がいました。
そこで研究チームは、実際にどれくらい座る時間を減らせたかという視点で、全参加者を再び分類して解析しました。
すると、毎日30分以上座る時間を減らせた人たちでは、インスリンによるエネルギーの切り替え能力、つまり代謝の柔軟性が有意に改善していました。
また、軽い運動時の脂肪燃焼能力も高まっていたことが分かりました。
さらに、立つ時間が増えた人ほど、代謝の柔軟性も大きく向上するという傾向が見られました。
一方、あまり座る時間を減らせなかった人や、元通り座っていた人では、これらの効果はほとんど確認できませんでした。
特別な運動や食事制限をしなくても、日常生活の中で座る時間を30分減らすだけで、体はきちんと応えてくれることが、この研究で分かったのです。
テレビやデスクワークの合間に立ち上がる、階段を使う、電話は立って受ける、こまめに家事をするなど、ちょっとした工夫が、体の中で変化を生み出すのです。
特に運動習慣がなく、太り気味だったり、生活習慣病リスクが高い人ほど、「まずは毎日30分座る時間を減らす」ことから始めてみるのが有効でしょう。
もちろん、さらにウォーキングや中強度の運動を取り入れるなら、健康効果はより高まります。
椅子から立ち上がるその30分が、未来の自分の健康を大きく変える一歩になるかもしれません。
参考文献
Just half an hour of less sitting each day can improve energy metabolism
https://www.utu.fi/en/news/press-release/just-half-an-hour-of-less-sitting-each-day-can-improve-energy-metabolism
元論文
Successfully Reducing Sitting Time Can Improve Metabolic Flexibility
https://doi.org/10.1111/sms.70113
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部