世間では、ADHD(注意欠如・多動症)の人に対して、「忘れ物が多い」「落ち着きがない」「集中が続かない」など、“困りごと”が先に語られがちです。
しかし今回、イギリスのバース大学(University of Bath)の研究チームが注目したのは、「できること」、つまりADHDの“強み”です。
そして、「自分の強みに気づき、実際に活かすこと」がADHDの人の幸福感や健康状態を高めることを明らかにしています。
研究の詳細は、2025年10月6日付の『Psychological Medicine』誌に掲載されました。
目次
- ADHDの「できること」に注目した研究
- ADHDの人も「自分の強み」を自覚していると幸福度や健康状態がが改善する
ADHDの「できること」に注目した研究
ADHDは、子どもから大人まで人口の数%に見られる発達特性です。
よく知られているのは、不注意や多動、衝動性などの症状であり、本人は日常生活や社会生活で困難を感じることがあります。
SNSやメディアを通して、そうした「生きづらさ」が語られることも少なくありません。
だからこそ、従来、ADHDの研究や支援は「困難の克服」に重点が置かれ、「本人の得意分野や強み」に注目することはあまりありませんでした。
しかし近年、ニューロダイバーシティ(神経多様性)という考え方が広がり、発達特性のある人たちもそれぞれの個性や強みを持つという視点が重視されるようになっています。
この流れを受けて、研究チームは「ADHDの成人がどんな強みを自覚しているのか」「その強みをどれくらい日常で活用しているのか」「自分の強みの自覚や活用が、実際に幸福感や生活の質、メンタルヘルスにどう影響しているか」を徹底的に調べることにしました。
調査には、イギリス在住でADHDの診断を受けた成人200人と、同じくADHDではない成人200人が参加しました。
両グループは年齢や性別、学歴、社会経済的状況ができるだけ揃うように調整されています。
調査内容は、「自分の強み」の自覚と活用度、さらに幸福感や生活の質、うつ・不安・ストレスといったメンタルヘルスまで、科学的に妥当性のある質問紙を用いて詳しく測定しました。
「自分の強み」に関するリストは25項目あり、たとえば「創造性」「ユーモア」「ハイパーフォーカス(特定のことに強く集中できる)」「自発性(思い立ったらすぐ動ける)」「直感力」「想像力」など、ADHD当事者への過去の聞き取り調査や関連文献を参考にして作られています。
ADHDの人も「自分の強み」を自覚していると幸福度や健康状態がが改善する
調査の結果、ADHDの人は「自分の強み」としてハイパーフォーカス、ユーモア、創造性、自発性、直感力などを、ADHDではない人よりも強く自覚しやすいことがわかりました。
一方で、「忍耐力」はADHDではない人のほうが高く評価する傾向がありました。
また、「自分の強みへの気づき」や「日常でその強みを活用する頻度」は、ADHDの人とそうでない人でほとんど差がなかったことも明らかになりました。
つまり、ADHDの人だからといって、自分の良さに気づいていないわけでも、強みを生かしていないわけでもありません。
さらに注目すべきなのは、「自分の強みに気づいている度合い」や「強みを活用する度合い」が高い人ほど、ADHDの有無に関わらず、主観的な幸福感が高く、生活の質も良好で、うつ・不安・ストレスなどのメンタルヘルス症状が少なかったという点です。
特にADHDの人のグループ内で見ると、「自分の強みを日常でたくさん活用している人」は、そうでない人よりも生活の質が高い傾向がありました。
この結果は、ADHDの人を「困りごと」にフォーカスして支援するだけでなく、「自分の強み」に気づき、それを活かす方法を身につける心理教育やコーチング、日常的なサポートが、幸福感やメンタルヘルスの向上に有効である可能性を示唆しています。
もちろん、今回の研究は「自己評価」ベースであり、実際の行動や成果を客観的に測ったものではないという限界もあります。
また、ADHDの人といっても個人差は大きく、万人に当てはまるわけではありません。
それでも、“できないこと”ばかりにとらわれず、自分の強みを意識し、それを日々活かしていくことが幸福感や健康状態の向上につながる可能性が示されたのです。
参考文献
Adults with ADHD should use this overlooked tactic to boost wellbeing
https://newatlas.com/adhd-autism/adults-adhd-wellbeing/
‘Playing to your strengths’ improves wellbeing in ADHD, new research shows
https://www.bath.ac.uk/announcements/playing-to-your-strengths-improves-wellbeing-in-adhd-new-research-shows/
元論文
The role of psychological strengths in positive life outcomes in adults with ADHD
https://doi.org/10.1017/S0033291725101232
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部