海ではしばしば、浅瀬に入り込んで出られなくなっているイルカや、浜辺に打ち上げられて死んでいるイルカが目撃されています。
なぜ泳ぎを得意とするイルカが座礁してしまうのか、この謎をめぐって多くの科学者たちが研究を続けてきました。
そして最近、米マイアミ大学(University of Miami)の研究チームが、フロリダの海で座礁したイルカの脳を詳しく調べたところ、「アルツハイマー病」と同じような病変が見つかったのです。
この発見は、人間だけでなく、海に生きる動物たちも認知症のリスクにさらされていることを示唆しています。
研究の詳細は2025年9月30日付で科学雑誌『Communication Biology』に掲載されました。
目次
- 海に生きるイルカも認知症に?
- 気候変動が「イルカの認知症」を加速させる?
海に生きるイルカも認知症に?
イルカが座礁してしまう理由には、さまざまな仮説が提案されてきました。
そのひとつが「脳の病気によって方向感覚や記憶を失ってしまう」という説です。
今回、フロリダ州インディアンリバーラグーンで、2010年から2019年の間に座礁したバンドウイルカ20頭を対象に、その脳を精密に解析する研究が行われました。
その結果、イルカの脳には、人間のアルツハイマー病でみられる異常なタンパク質の塊(アミロイド斑やタウタンパクの変性)が見つかりました。
また、遺伝子の働きにも、アルツハイマー病と同じような変化が生じていることが明らかになりました。
このような神経変性は、年齢を重ねたイルカにはもともとある程度見られるものですが、今回の研究では、その進行が特に早く、重症化している個体が多いことが特徴でした。
さらにチームは、イルカたちの脳から「2,4-ジアミノ酪酸(2,4-DAB)」という神経毒素を高濃度で検出しました。
これはシアノバクテリア(藍藻)や藻類の大発生――いわゆる「ブルーム」が起きている時期に座礁した個体で、特に多く含まれていました。
その濃度は、ブルームのない季節のイルカと比べて約2900倍にも達していたのです。
こうした結果から、海で発生する藻類やバクテリアのブルームが、有害な神経毒をイルカの体内に蓄積させ、脳の働きを蝕んでいる可能性が強く示唆されました。
気候変動が「イルカの認知症」を加速させる?
なぜシアノバクテリアや藻類のブルームが問題なのでしょうか。
温暖化による海水温の上昇や、農業排水などによる栄養塩の増加が、近年こうしたブルームを世界中で頻発させています。
ブルーム時には、有毒な化学物質が大量に海中に放出され、それが魚やイルカの体に蓄積してしまうのです。
実際に、過去の研究では、シアノバクテリア由来の毒素BMAAや2,4-DABが動物の神経細胞を傷つけ、認知症のような症状を引き起こすことが確認されています。
特にイルカは人間と同じく高い知能と社会性を持ち、脳も大型で複雑な構造を持つため、神経毒の影響を受けやすいと考えられています。
本研究では、アルツハイマー病に類似した脳の変化と、有害な神経毒素の蓄積が同時に観察されたことで、「イルカの認知症リスク」と「環境要因」の結びつきが強調されました。
そしてこれは、イルカだけの問題ではありません。
こうした毒素は魚や貝にも蓄積し、食物連鎖を通じて、人間の食卓にまで届く可能性があります。
実際に、ブルーム由来の毒素が人間の記憶障害や神経変性疾患に関与する可能性も指摘されており、今後さらなる研究と注意が必要とされています。
参考文献
Do Stranded Dolphins Have Alzheimer’s Disease?
https://brainchemistrylabs.org/news-blog/2025/10/1/do-stranded-dolphins-have-alzheimers-disease
Brains of Stranded Dolphins Showed Signs of Alzheimer’s Disease
https://www.sciencealert.com/brains-of-stranded-dolphins-showed-signs-of-alzheimers-disease
元論文
Alzheimer’s disease signatures in the brain transcriptome of Estuarine Dolphins
https://doi.org/10.1038/s42003-025-08796-0
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部