ときに生物は私たちの予想を超えた生命力を見せてくれるものです。
記録上最も長く生きたクモのエピソードもまさにその1つです。
2018年、西オーストラリアの自然保護区で、1匹のクモが「43年」という驚くべき長寿記録を打ち立てました。
これはクモとしては非常に珍しい記録であり、科学者たちを驚かせました。
なぜ、このクモはこれほど長く生きることができたのでしょうか?またこのクモの死因はなんだったのでしょうか?
この長寿グモの記録は、2018年4月19日付の『Pacific Conservation Biology』誌に掲載されました。
目次
- 43年間にわたるトタテグモの調査
- 43年の軌跡と発見された「長寿の秘密」とは?
43年間にわたるトタテグモの調査
この伝説的な記録が打ち立てられたのは、オーストラリア・西オーストラリア州内陸部のノース・バングラ(North Bungulla)自然保護区です。
1974年、オーストラリアの著名な蜘蛛研究者であるバーバラ・ヨーク・メイン博士(Barbara York Main)は、この保護区でトタテグモ科に属する「Gaius villosus(画像あり:閲覧注意)」の長期調査を開始しました。
トタテグモは地中に深い巣穴を掘り、生涯ほとんど同じ場所で暮らす習性があり、トンネル状の巣の入口に扉をつけることから、この名がつけられています。
当時開始されたメイン博士の調査の方法はとても地道で、調査区画にあるすべての巣穴に金属製のペグを打ち、「1番」から順に番号を付けて管理しました。
その後は半年ごとや毎年、巣穴の状態や巣の主が生きているかを一つずつチェックし続けます。
この種のクモは、成長段階ではオスとメスの区別が難しいため、巣穴を維持している期間や巣穴の変化、脱皮の痕跡などをもとに年齢や性別を推定していました。
オスは成熟すると繁殖のために巣穴を離れ短命ですが、メスは基本的に同じ巣穴で長く生き続けます。
また、トタテグモの巣穴は一度作ると他の個体が再利用することはなく、もし壊れても巣穴を修復して住み続ける習性があります。
そのため、同じ番号の巣穴を追跡し続けることで「その巣の主」がずっと同じ個体であることを確実に記録できるのです。
この長期モニタリングにおける主役は、調査開始の年に「16番」の番号を付けられた巣とそこに住む1匹の小さなクモです。
最初は他のクモたちと変わらない存在でしたが、後に「ナンバー16」という呼び名で親しまれる最長寿クモとなりました。
43年の軌跡と発見された「長寿の秘密」とは?
一般多岐なトダテグモの寿命は5~20年と言われています。
しかしナンバー16は研究チームの想像をはるかに超えて生き続け、メイン氏が始めたプロジェクトは40年以上も続くことになりました。
メイン氏は80代後半までこの仕事を続けたものの、健康状態の悪化により、調査を他のメンバーに引き継いでいます。
ところがそんなプロジェクトにも幕が下ります。
2016年、調査チームはナンバー16の巣穴の異変に気づきます。ナンバー16が姿を消していたのです。
巣穴の蓋に小さな穴が開いており、研究チームは、これが寄生バチによるものだと推測しました。
寄生バチは寄主の体に卵を産みつけ、生まれた幼虫は寄主の中からその体を食べて成長していくことで知られています。
つまり、ナンバー16の死因は老衰ではなく、この寄生バチに刺されたことだったと考えられます。
それでも43年間も生き抜いた野生のクモの記録は世界でも例がありません。
従来のギネス記録は、飼育下のタランチュラが28歳まで生きたというものでしたが、自然環境下でこれほど長寿のクモが観察されたのは驚くべきことです。
なぜナンバー16はこれほど長生きできたのでしょうか?
その理由のひとつは「巣穴での引きこもり生活」にあります。
Gaius villosusのメスは、自分で作った頑丈な巣穴の中でじっと獲物を待ち、必要最小限しか外に出ません。
巣穴の壁や蓋は自らの糸で固められ、外敵や乾燥から身を守るのに役立ちます。
巣穴の作り直しや引っ越しには大きな労力とリスクが伴うため、できる限り同じ場所にとどまり続けるのです。
調査チームは、「環境負荷の低い生活が、ナンバー16の長寿の秘訣だった」と推察しています。
そして、「短距離しか移動しない在来種のライフスタイルは、人類や持続可能な社会への教訓となる」とも続けています。
つまり「必要なものだけを得て、無理な拡大をせず、地道に生きることが、豊かに長く生きる秘訣」といえるでしょう。
ナンバー16の物語は、身近な小さな命にもサバイバルドラマがあること、そして科学の地道な観察がどれほど貴重な発見につながるかを教えてくれます。
参考文献
“Dig Deep, And Persevere”: Number 16, The World’s Longest-Lived Spider, Died Aged 43
https://www.iflscience.com/dig-deep-and-persevere-number-16-the-worlds-longest-lived-spider-died-aged-43-81094
元論文
The longest-lived spider: mygalomorphs dig deep, and persevere
https://doi.org/10.1071/PC18015
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部