日本が唯一の戦争被爆国となってから、今年の8月15日で、80回目となる”終戦の日”を迎えました。
あの日以来、私たちは恒久平和を誓ったはずですが、今日、ロシアのウクライナ侵攻や台湾を巡る米中の緊張関係の悪化、さらにはイスラエル軍によるガザ侵攻など、きな臭い雰囲気が世界中に漂っています。
その中で危惧される最悪のシナリオは「核戦争の勃発」です。
核の危機といえば、世界がアメリカと旧ソ連に二極化された「冷戦時代」を想起させますが、現代の私たちにとっても無関係な話ではありません。
そんな中、米ミネソタ大学(University of Minnesota)、ラトガーズ大学(Rutgers University)の研究チームは2022年に、核戦争が現代世界に及ぼす影響について、改めてシミュレーションを行いました。
果たして、核戦争はどれほど脅威的なのでしょうか?
研究の詳細は2022年8月15日付で科学雑誌『Nature Food』に掲載されています。
目次
- 米露の全面戦争で50億人が飢餓に見舞われる
- 核戦争後の数少ない楽園はどこ?
米露の全面戦争で50億人が飢餓に見舞われる
核戦争は、爆発による直接死から、放射能による間接死、それから環境汚染による後遺症まで、あらゆる方法で命を奪います。
研究チームは、爆弾が落とされた戦地から、遠く離れた場所に至るまで、核の影響がどの範囲まで及ぶかを探ろうと考えました。
そこで、核戦争後に世界各地の気候がどのように変化し、人々の生活にどれほどの影響が出るかをモデル化することに。
チームは、現在の核保有国(アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、インド、パキスタン、北朝鮮※)と各国間の緊張関係から、実際に起こりうる6つの戦争シナリオを考案し、分析。
(※ 公表はしていないが、イスラエルも核兵器の保有が広く確実視されている)
その結果、それぞれのシナリオで異なる量の煤(すす)が大気中に放たれ、地球の平均温度が最低1℃〜最大16℃低下すると算出されました。
煤による寒冷化の影響は、10年以上続く可能性があります。

最も小規模のシナリオとされたのはインド・パキスタン間におけるカシミール地方の紛争をきっかけに勃発する核戦争です。
本当に勃発した場合、ここでどれほどの核兵器が使用されるかは不明ですが、もし100発使われたなら、直接的な死者数は2700万人に達すると試算されました。
また、核兵器の数によって、500万〜4700万トンの煤が大気中に放たれ、上空を覆うと予想されています。
さらに、最大規模になると予測されるのはアメリカ・ロシア間の全面戦争では、約1億5000万トンの煤が発生し、地球規模で広がると考えられます。
そうなると、映画『ブレードランナー』や『マトリックス』で描かれたように、暗闇に閉ざされた空と酸性雨が降りしきることになるでしょう。
当然ながら、煤による寒冷化で作物は育たなくなり、放射能汚染により、農業や漁業に大きな被害が出ると予測されます。
そこでチームは、国際連合食糧農業機関(FAO)のデータを使って、核戦争後の農作物の収穫量と漁獲量の減少が、人々の栄養状態にどのような影響を及ぼすかを計算しました。
本研究では、家畜用の作物を人用に回したり、バイオ燃料用の作物(トウモロコシやナタネ)を食用に再利用して、フードロスを削減することを想定しています。
また、各国が食料の輸出をやめて、自国民を養うために、国際貿易が停止すると仮定しました。
その結果、インド・パキスタン間の核戦争で500万トンの煤が発生した場合、世界全体の食物生産量は、戦後5年間で7%減少すると試算されました。
7%の減少ですと、戦後2年間で約2億5500万人が栄養不足で死亡し、全体では約20億人が食料確保が困難になると考えられます。
そして、最悪のシナリオである米ロの戦争であれば、戦後3〜4年間で、食物生産量が90%低下し、50億人が食糧難に陥ると推定されました。
では、実際に核戦争が勃発してしまった場合、最も被害が少なく、安全な場所はどこになるのでしょうか?
核戦争後の数少ない楽園はどこ?
研究チームは、核の被害を受けやすいのは北半球の中〜高緯度の国々で、煤による寒冷化の影響が強く、熱帯地域より劇的に冷え込むと予測しました。
たとえば、イギリスは、低緯度に位置するインドのような国よりも、入手可能な食料の減少がより顕著になるようです。
その一方で、中〜高緯度にあっても、フランスのように食料自給率が高い国であれば、貿易が停止した場合でも、自国民を養うための食料が十分に確保できるため、被害は少ないと見られます。
その場合、主要な作物は「小麦粉」になると予想されます。小麦は寒さに強く、寒冷な地域でも栽培可能だからです。
反対に、核戦争による被害が最も少ない国は「オーストラリア」になると予測されました。
南半球に位置するオーストラリアは、煤による寒冷化の影響が比較的少なく、また食料自給率の非常に高い国です。
研究主任のリリィ・シア(Lili Xia)氏は「米露間で全面的な核戦争が勃発した場合、地球上のほぼすべての国が自国民を養えなくなる可能性がありますが、オーストラリア、ニュージーランド、南アメリカの一部地域は、被害を最小限に留められるでしょう」と述べています。
これを踏まえると、中緯度帯に位置し、食料自給率も低い日本の状況は、かなり絶望的でしょう。
同チームのディーパック・レイ(Deepak Ray)氏は、今回の研究について、「地域的な核戦争が、世界の食糧に与える影響を理解するための有益な一歩である」と話します。
現代における核の危機は、冷戦時代ほど深刻ではないかもしれませんが、核保有国はそれぞれ数百発単位の核兵器を持っており、米ロに至っては、両国合わせて1万2000発以上の核弾頭を保有しています。
もし、この状態で核戦争が勃発すれば、人類社会はガラガラと音を立てて崩れ、地球とともに長い長い暗黒時代へと突入するでしょう。
参考文献
Even If You Survive Nuclear War, The Famine Will Probably Kill You
https://www.iflscience.com/even-if-you-survive-nuclear-war-the-famine-will-probably-kill-you-64894
Nuclear war between two nations could spark global famine
https://www.nature.com/articles/d41586-022-02219-4
元論文
Even a small nuclear war threatens food security
https://www.nature.com/articles/s43016-022-00575-y
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部