CO₂は大気だけでなく、実は海の中にも大量に溶け込んでいます。
私たちの地球の海は、大気の50倍以上もの炭素を蓄えている、巨大な“炭素の貯金箱”なのです。
この膨大な海のCO₂を「環境問題」として語るだけでなく、「新しい資源」として活用できたら、未来はどう変わるのでしょうか。
中国科学院(Chinese Academy of Sciences)の研究グループは、「海水中に溶けたCO₂を効率よく回収し、生分解性プラスチックの材料を生み出すシステムを実証」しました。
この研究成果は、2025年10月6日付で科学誌『Nature Catalysis』に掲載されています。
目次
- 海に溶け込んだ大量のCO₂をどうする?
- 海のCO₂を“生分解性プラスチック原料”に変えることに成功
海に溶け込んだ大量のCO₂をどうする?
大気中のCO₂は地球温暖化の象徴として語られますが、私たちが排出するCO₂の約4分の1は海によって吸収されています。
この「海洋のCO₂吸収能力」は非常に大きく、気象庁の推定では、1年あたり21億トン炭素(炭素の重さに換算した二酸化炭素の量)だと言われています。
さらに、産業革命以降、人間活動によって排出されたCO₂のうち、1700億トン炭素が海洋に吸収されたと考えられています。
一見すると「海がCO₂を吸収してくれるなら安心」と思うかもしれませんが、 実際にはこの“溶け込んだCO₂”が、海の生態系に深刻な影響をもたらしつつあります。
CO₂が増えすぎると海水が酸性に傾く「海洋酸性化」が進行します。
これは貝やサンゴなどの石灰質生物の殻や骨格が溶けやすくなり、食物連鎖や生物多様性にも悪影響を及ぼします。
こうした背景にあって、「海洋中の膨大なCO₂」を“邪魔者”として放置するのではなく、“資源”として循環利用できないか、と考えたのが今回の研究の出発点です。
研究チームが最初のステップとして開発したのは「Direct Ocean Capture(DOC)」、すなわち「海水から直接CO₂を取り出し資源化する」新しいシステムです。
これには、海水を特殊な電気化学反応槽(電気の力で化学反応を起こす装置)に通して、溶け込んだCO₂を「気体」として集めるという方法が使われています。
ここで重要なのは、海水のpHを元に戻してから自然に返すことで、海の化学バランスを崩さないようにしている点です。
この方法は、70%以上という高い回収効率を実現し、CO₂ 1kgあたりのエネルギー消費も約3kWhと比較的低く抑えられています。
また、1トンあたりの回収コストも約230ドルと経済的で、実験では536時間に及ぶ長時間連続運転も成功しています。
海のCO₂を“生分解性プラスチック原料”に変えることに成功
DOCで回収されたCO₂は、すぐにプラスチックになるわけではありません。
次のステップでは、特殊な触媒を使って、CO₂をギ酸(formic acid)に変換します。
次に研究チームは、遺伝子改変を施した海洋性細菌「Vibrio natriegens」を使い、 ギ酸を唯一の炭素源・エネルギー源として与えることで、コハク酸(succinic acid)という有機酸を生産させることに成功しました。
ギ酸は微生物にとってエネルギーの詰まった“ごはん”のようなもので、この細菌がギ酸を使ってコハク酸を作り出します。
コハク酸は、「ポリブチレンサクシネート(PBS:自然界の土中の微生物の力で水と二酸化炭素に自然に分解される生分解性プラスチック)」などの製造に欠かせない原料です。
実験では、1リットルあたり最大1.37グラムという効率での生産を実現しました。
この一連のプロセス(海水からCO₂を取り出し→ギ酸に変換→細菌でコハク酸を合成)は、持続可能社会を支える基盤技術になると期待されています。
もちろん、今後は工業規模へのスケールアップ、プロセス統合による効率向上、さらなるコストダウンなど課題も残されています。
それでもこの先、海のCO₂が“未来の資源”として、私たちの暮らしに新たな価値をもたらしてくれる、そんな可能性が見えてきました。
参考文献
Ocean carbon in, biodegradable plastic out
https://newatlas.com/environment/ocean-co2-sustainable-plastic-doc/
Making sustainable plastic from the CO₂ in the ocean
https://www.scimex.org/newsfeed/making-sustainable-plastic-from-the-co2-in-the-ocean
元論文
Efficient and scalable upcycling of oceanic carbon sources into bioplastic monomers
https://doi.org/10.1038/s41929-025-01416-4
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部