2007年、地球の重力場を測定していた衛星が、東大西洋上で大陸規模の巨大な“重力場の異常”をとらえました。
重力は地球上で一様ではなく、氷の融解や地下水の増減、海流や大気の移動といった表層の出来事によって微妙に変動しています。そのため重力場が揺らぐこと自体は一般的な出来事です。
ところが、この時の信号は桁違いの強さを示し、しかもその規模は大陸に匹敵するものでした。さらにこの現象は数年で収まり、元の状態に戻ってしまったのです。
フランスのパリ・シテ大学(Université Paris Cité)/パリ地球物理研究所(IPGP)、フランス国立科学研究センター(CNRS)などの国際研究チームは、この現象の原因を明らかにするべく、2003~2015年の地球重力場観測衛星GRACE(グレース)などのデータを精査し、最近その結果を発表しました。
突然発生した体力規模の重力異常。この現象は一体なんだったのでしょうか? このとき地球で何が起きていたのでしょうか?
研究の詳細は、2025年8月に地球科学に関する科学雑誌『Geophysical Research Letters』に掲載されています。
目次
- 衛星がとらえた「大陸規模の重力の異常」
- 地球の奥で起きていた“異常”の正体とは?
衛星がとらえた「大陸規模の重力の異常」
地球重力場観測衛星GRACEは、宇宙から地球の重力場を観測し、地球の「重力地図」を作る人工衛星です。
この衛星は2機編隊で飛んでいて、互いの距離の変化を利用して地球の重力場を測定します。
例えば地表の厚い氷床や山脈、地下水など「質量が多いところ」の上空を通ると、先頭の衛星はわずかに引かれてほんの少し加速し、後ろの衛星との距離が一時的に広がります。やがて後方の衛星も同じ場所にさしかかると同じように引かれて加速し、距離は再び縮みます。
このように2機の間の距離の伸び縮みを電波で超高精度に測ることで、地球のどこに質量が多い部分や少ない部分があるかを推定して、地球の重力の“ムラ”を映した地図を作っているのです。
そんなGRACEが2007年、驚くべき現象をとらえました。
大西洋の東側、アフリカ大陸に面した広大な海域に、約7000km規模の「広大な重力異常」が突然現れたのです。しかもこの異常は数年で消え去り、あたかも海に巨大な「質量の影」がよぎったかのようでした。
通常の気象現象や海流の変動が生む影響はせいぜい数百~数千kmのスケールに収まります。7000km級というのは、その倍近いまさにアフリカ大陸に匹敵するサイズであり、既存の説明では到底収まらない規模でした。
ではこのとき、一体何が起きていたのでしょうか? 研究チームは、まず表層の現象が原因ではないかを検証しました。
アフリカや南米の大陸で雨が極端に降ったり、地下水が増減することで、重力場が変動することは確かにあります。しかし、それらの影響は広がっても2000〜4000kmほどで、観測された「約7000km規模の変動」には届きませんでした。
さらに大西洋の海面高さや塩分・水温のデータも含め、水や海の影響を複数のモデルで評価しましたが、観測された位置や規模、タイミングを再現できませんでした。
大気の変動についても検討され、2006年秋〜2007年初頭に弱いエルニーニョ期があったことは考慮されましたが、それを踏まえてもこの大陸規模の重力異常は説明しきれませんでした。
つまり、表層の現象ではこの「大規模な重力異常」を説明できないことが明らかになったのです。
地球の奥で起きていた“異常”の正体とは?
研究チームがたどり着いた仮説は、地球のはるか深部で起きた鉱物の「相転移」でした。
地球の下部マントルには「ブリッジマナイト(bridgmanite)」と呼ばれる鉱物が豊富に存在します。これはマグネシウムとケイ素を主成分とし、ペロブスカイトという鉱物と同じタイプの結晶構造を持つため「ペロブスカイト型鉱物」とも呼ばれます。
これがさらに高温高圧の条件に置かれると、「ポストペロブスカイト(post-perovskite)」という別の結晶構造に変化することがあります。この変化は水が氷になるような状態変化ではなく、固体のまま「原子の並び方」が変わる現象ですが、並び方が変わることで体積や密度が少し変わり、同じ成分でも重さの配置がわずかに変わるのです。
このイメージをつかむには、1kgの綿と1kgの鉄を思い浮かべるとわかりやすいでしょう。どちらも重さは同じですが、綿は空間をふわっと広く占め、鉄は小さなかたまりにギュッと詰まっています。もし綿が鉄に変わるようなことがあれば、その占める範囲や重さの分布は大きく変わるでしょう。
こうした鉱物の相転移が深部マントルで起きていた場合、宇宙から見た地球の「重力分布」が歪む可能性があります。
もしこの仮説が正しければ、意味は非常に大きいといえます。
これまで「地球深部の状態」は地震波解析による間接的な推測に頼るしかありませんでした。地球重力場観測衛星で地球奥深くダイナミックな変化まで検出できるとは、研究者たちも考えていなかったのです。
ところが今回の報告は、GRACE衛星に従来見過ごされていた“地球深部をとらえる能力”が備わっていた可能性を示しています。これは深宇宙より見ることが難しい地球内部を覗くための新たな方法になるかもしれないのです。
さらにこの重力異常は、同じ2007年に記録された「地磁気ジャーク」と呼ばれる地球磁場の急変とも時期が一致しています。
地磁気ジャークとは、地球を取り巻く磁場の変化が、数年という短い期間で急に強まったり向きを変えたりする現象のことです。この現象は地球の外核やマントル深部の動きと関係していると考えられており、今回の重力異常と同時期に起きていたことは、両者が同じ深部プロセスに結びついている可能性を示唆します。
もし両者が関連しているとすれば、地球深部の物質変化と磁場の変動がどのようにつながっているかを理解する新しい手がかりになるでしょう。
これは、より長期的でダイナミックな地磁気変動であるポールシフト(数十万年に一度起こる地磁気逆転)の仕組みを理解する上でも、重要な手がかりになるかもしれません。
ただしこの報告については研究者自身も、あくまで「仮説段階」であり、決定的な証拠ではないことを強調しています。
今後の展望として、GRACEの後継であるGRACE-FO衛星などによる観測が期待されています。
重力場のデータだけでなく、磁場や地震波など異なる観測を統合することで、地球内部がどうなっているかをより正確に描き出せるようになるかもしれません。
2007年に東大西洋で観測された大規模な重力異常は、地球の奥で進む鉱物の相転移だった可能性があります。
その謎はまだ解き明かされてはいませんが、大規模な「重力のゆらぎ」は、私たちが当たり前のように立っている大地の下に、まだまだ多くの秘密が隠されていることを知らせています。
元論文
GRACE Detection of Transient Mass Redistributions During a Mineral Phase Transition in the Deep Mantle
https://doi.org/10.1029/2025GL116408
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部