多くの親や学校、そして専門家たちは、「寝る前1時間はスクリーンを使ってはいけない」「激しい運動もダメ」「夜食も控えるべき」と、子どもたちに睡眠のための“鉄則”を繰り返し伝えています。
これらのルールは、10代が健やかな睡眠を得るために重要だと長らく信じられてきました。
しかし、現代の若者たちは本当にこれらのルールを守っているのでしょうか。
そして、それらを守らなければ、実際に睡眠は悪化してしまうのでしょうか。
そんな素朴な疑問に対して、ニュージーランドのオタゴ大学(University of Otago)が客観的なデータを用いて答えを提出しました。
この研究成果は、2025年9月26日付の『Pediatrics Open Science』誌に掲載されました。
目次
- 若者への寝る前の「スクリーン・おやつ・運動」禁止は意味ある?
- 10代への「寝る前の禁止」ルールは守られておらず、影響も小さい
若者への寝る前の「スクリーン・おやつ・運動」禁止は意味ある?
多くの人が子どもの頃から聞かされてきた「寝る前のスマホ・おやつ・運動禁止」という“睡眠衛生”のルールには、それぞれもっともらしい理由があります。
たとえば、スマホやタブレット、テレビなどのスクリーンは、ブルーライトによって体内時計を乱し、睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌を妨げるといわれています。
また、運動は体を興奮させて寝つきを悪くし、夜食やカフェインは消化器や脳を活性化させて睡眠を浅くしたり遅らせたりするという考えが一般的です。
こうした考え方にもとづき、世界中の親や教育現場では「寝る前1時間は絶対禁止」という指導が当たり前になっています。
確かに大人でこうした影響を実感する人は少なくないでしょう。
では、これらルールを何度も教えられている10代の若者たちにとってはどうでしょうか。
実のところ、従来の根拠の多くが自己申告アンケートや一日だけの断片的な観察に頼っており、科学的な因果関係や、日々の生活のなかでどれほど守られているのかという実態は、明確には分かっていません。
そこでオタゴ大学の研究チームは、「現代の10代は寝る前に本当にルールを守っているのか」「守らない場合、それが本当に睡眠の悪化につながるのか」を客観的な手法で検証しました。
研究対象となったのは、ニュージーランド在住の11歳から15歳の男女83人です。
彼らの普段の生活の中で、「寝る前1時間」の行動を徹底的に記録し、その直後の睡眠の質や量を正確に計測しました。
具体的には、参加者は4日間、胸にカメラを装着して寝る前の行動を自動で記録し、さらに寝室にもカメラを設置していました。
睡眠自体は、リストバンド型の加速度計で8日間にわたり「寝つきやすさ」「総睡眠時間」「途中で起きた回数」などを測定しています。
また食事内容についても、どんなものを食べたり飲んだりしたか、詳細な調査を行いました。
この研究の大きな特徴は、ある子がスクリーンを使った夜と使わなかった夜など、同じ人の異なる日の行動と睡眠を比較することで、個人差を排除しやすい点にあります。
従来のような集団間比較や自己申告アンケートでは得られなかった、きめ細かな実態が浮かび上がるのです。
10代への「寝る前の禁止」ルールは守られておらず、影響も小さい
研究の結果、まず明らかになったのは、寝る前のルールがほとんど守られていないという現実です。
寝る前1時間にスクリーンを使った子どもは99%に達しており、ほぼ全員が該当しました。
しかも83%の夜で平均32分もスクリーンを利用していました。
内容はスマホやタブレット、テレビ、ゲーム機など多種多様です。
寝る前の運動(中強度以上)は、22%の子が全体の7%の夜だけ行っており、しかも平均2.3分と非常に短時間でした。
また、寝る前の飲食(夜食や飲み物)については、約3分の2の子どもが研究期間中に一度は寝る前に食事やスナックをとっており、実際には30%の夜で何かしら食べていました。
夜食の多くはスナックや甘い飲み物、時にはカフェイン入り飲料も含まれました。
「寝る前に○○禁止」とよく言われますが、そもそも、そのルールを気にしている若者はほとんどいないのかもしれません。
では、こうした若者たちの睡眠は実際どうだったのでしょうか。
寝る前にスクリーンを使った夜でも、「総睡眠時間」や「睡眠の質(途中で起きる回数など)」には大きな変化が見られませんでした。
ただし、スクリーンを使わない夜と比べて、スクリーンを使った夜は23分ほど寝つきが遅くなっていました。
つまり寝る前にスマホを使うと、「寝つきが少し遅くなるが、依然としてぐっすり眠れている」という結果でした。
運動した夜は、「総睡眠時間」が平均34分も長くなっていました。
これは現代の10代の睡眠不足を考えると、むしろメリットにもなりうる変化です。
なお、中強度以上の運動自体は平均2.3分とごく短時間だったため、もっと長く・頻繁な運動だと違った結果になるかもしれません。
夜食や飲み物(カフェイン・糖分・脂質を含む)については、「その夜の睡眠」への目立った悪影響は見つかりませんでした。
つまり、寝る前に食べたからといって睡眠が悪化するとは一概に言えなかったのです。
この研究が示す新しい見方は明快です。
「寝る前にスマホやおやつを禁止しなければならない」というルールは、現実の子どもたちの行動や科学的なデータと必ずしも一致していないと言えます。
寝つきの遅れなど、一部にある程度の影響は見られるものの、本研究の観察期間内では、睡眠不足や質の大きな低下は見られなかったからです。
また、そもそもルールが守られていないので、「現実的なルール」とは言えないのかもしれません。
ただし、ルールが不要なわけではありません。
この研究で観察された変化に「まったく実害がない」とは言い切れないからです。
特に寝つきが20分以上遅れることは、敏感な子や翌朝が早い子にとっては十分な不利益となる場合もあります。
また、夜の運動についても、より頻繁で長い運動や他の生活習慣と組み合わさった場合の影響は今後の研究が必要です。
さらに、本研究は観察研究であり、因果関係を完全に証明したわけではありません。
この研究は、「寝る前ルール」に対する現実的な見直しの必要性を、客観的なデータで初めて明確に示した点は重要です。
今後は、完全な禁止よりも個々の生活リズムやバランス、適度さを重視した新しいガイドラインの必要性が示唆されています。
オタゴ大学の研究チームは、今後も10歳から15歳を対象にさらなる調査を進める予定です。
参考文献
Screens, snacks and workouts before bed barely affect teen sleep
https://newatlas.com/health-wellbeing/teenagers-pre-bed-behavior-sleep-hygiene/
Study puts youth bedtime routines under spotlight
https://www.otago.ac.nz/news/newsroom/study-puts-youth-bedtime-routines-under-spotlight
元論文
Prebed Screen Use, Activity, and Food in Relation to Sleep in Youth: A Repeated Measures Study
https://doi.org/10.1542/pedsos.2025-000765
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部