大人は幼児に話しかけるとき、声が高くなったり、あやすような言葉遣いになる「赤ちゃん言葉」を使います。
これは人間特有な行動に感じますが、実はそうではなかったようです。
米ウッズホール海洋研究所(WHOI)を中心とする国際研究チームの報告によると、バンドウイルカの母親は子供に話しかける際に声のトーンを変えているという。
これは子供に話しかけるときにのみ見られた鳴き声であり、人間が行う「赤ちゃん言葉」と同類のものと見られています。
イルカが「赤ちゃん言葉」を使うことにどんな意味があるのでしょうか?
研究の詳細は、2023年6月26日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されています。
目次
- 母イルカも「赤ちゃん言葉」を使っていた!
- 「赤ちゃん言葉」で言語学習の上達が早まる?
母イルカも「赤ちゃん言葉」を使っていた!
この調査結果を得るのは簡単な作業ではありませんでした。
研究チームは過去30年以上にわたり、アメリカ南東部フロリダ州のサラソタ湾(Sarasota Bay)に暮らすバンドウイルカの群れを追跡観察しつづけたのです。
ここでは19頭の母イルカに小型の録音装置を取り付けて、子イルカを伴っているとき・単独で泳いでいるとき・他の大人イルカといるときの鳴き声の違いを調査しました。
録音装置は30年ずっと付けていたのではなく、調査のときだけ一時的に装着して、録音が終わると取り外しています。
また調査期間においては子イルカがいた年もあれば、いなかった年もありました。
バンドウイルカは主に約2年の授乳期間を経て、平均3歳〜6歳まで母親と一緒に暮らし、狩りや移動場所、海での安全な過ごし方を学んだ後で巣立っていきます。
一方で、父親が子育てに長期的な役割を果たすことはありません。

そして調査の結果、母イルカは子供に話しかけるときにのみ、声のピッチを高くしたり音域を幅広くする甲高い鳴き声を発することが分かったのです。
特に最も高くなる声はもはや人間の耳には聞こえない音域に達していました。
この鳴き声は一人でいるときや他の大人の仲間に話しかけるときには見られませんでした。
研究主任の一人で、スコットランド・セントアンドリュース大学(University of St Andrews)の生物学者ピーター・タイアック(Peter Tyack)氏は「この鳴き方は調査対象とした19頭の母イルカすべてで確認されました」と話します。
よって、これは母親が子イルカにのみ使う「赤ちゃん言葉」の一種であると結論されました。
こちらが実際の「赤ちゃん言葉」の音声です。
では、そもそもなぜ母親たちは赤ちゃん言葉を使うのでしょうか?
「赤ちゃん言葉」で言語学習の上達が早まる?
母イルカが「赤ちゃん言葉」を使う正確な理由は定かでありませんが、研究者らは「子供の注意力を高めて、発音や会話の学習向上を促しているのではないか」と考えています。
1980年代の研究では、ヒトの幼児は大人の平常時の声に比べて、音域が広く高い音声により注意を払うことが指摘されていました。
また「赤ちゃん言葉」を使う動物は報告例が少ないものの、他にもいくつか知られています。
例えば、アカゲザルの母親は、同じように子供の注意を引きつけるために鳴き声のピッチを高くする傾向があります。
また鳥類のキンカチョウもヒナに声をかけるときに音程を高くしたり、鳴き声を遅くすることが知られています。
これらを踏まえると、イルカの「赤ちゃん言葉」にも子供の注意力を高めて、発声学習を促す効果があることが予想されます。

本研究には参加していない米ジョージタウン大学(Georgetown University)の海洋生物学者で、イルカの生態に詳しいジャネット・マン(Janet Mann)氏もこの仮説に同意しています。
「子イルカにとって『ああ、ママは今ボクに話しかけているんだ』と知ることは、単に母イルカが自分の存在を他の仲間に知らせるのとは違って、本当に重要なことなのです」
つまり、母親が「ボク」にこそ話しかけていると思うことで、発声への注意力がより高まり、言語能力の上達も早まるのかもしれません。
参考文献
Dolphin moms use baby talk to call to their young, recordings show
https://phys.org/news/2023-06-dolphin-moms-baby-young.html
Dolphins also use baby talk to bond with their young
https://newatlas.com/biology/bottlenose-dolphins-baby-talk-calves/
Bottlenose Dolphins Communicate in “Motherese” with Their Offspring
https://www.whoi.edu/press-room/news-release/bottlenose-dolphins-communicate-in-motherese-with-their-offspring/
元論文
Bottlenose dolphin mothers modify signature whistles in the presence of their own calves
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2300262120
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部