第一次世界大戦や第二次世界大戦では、かつてない規模で大量の武器や船が製造されました。
しかし、戦争が終わると、それらの多くは持て余され、海や川へと投棄される運命をたどります。
そして、その遺物が長い年月を経て、思いもよらない形で海の生態系を変えていることが最新研究で示されました。
ドイツの海洋研究所「Senckenberg am Meer」とアメリカのデューク大学(Duke University)の研究チームは、投棄された爆弾と船が今では多様な生物の住処として機能していることを、それぞれ異なる手法で明らかにしました。
前者のバルト海の研究は2025年9月25日に『Communications Earth & Environment』に掲載され、後者のマローズ湾の研究は同じく2025年9月25日に『Scientific Data』に掲載されました。
目次
- 世界大戦後に海や川に投棄された武器や船
- 戦争の「負の遺産」が、生物が集まる「命の拠点」に変化していた
世界大戦後に海や川に投棄された武器や船
かつて、戦後処理の費用や安全確保の難しさから、余剰となった兵器や船が“海中投棄”という手段で片づけられたことがりました。
例えばドイツの沿岸域では、第二次大戦後に約160万トンもの弾薬がバルト海へ投棄されたと見積もられています。
また、米国メリーランド州のマローズ湾には、第一次世界大戦中に建造された木造船が意図的に沈められ、現在も147隻の「幽霊船」が浅瀬に残されています。
こうした人工物が海洋生態系に及ぼす影響は長らく議論されてきましたが、実際の影響は十分に記録されていませんでした。
そこで2つの研究チームが調査を行いました。
1つ目の研究では、ドイツの研究チームがバルト海リューベック湾で第二次世界大戦後に投棄された巡航ミサイル・V1飛行爆弾の弾頭を対象に、遠隔操作の小型潜水ロボットで観察とサンプリングを行いました。
金属の外殻、腐食で露出した爆薬、その周囲の泥底という環境を並行して記録し、付着生物の種類と個体数を面積あたりで数えました。
同時に海水中の爆薬由来化学物質の濃度を測定しています。
2つ目の研究では、アメリカの研究チームがメリーランド州ポトマック川のマローズ湾に残る「幽霊船」を最新のドローンで高解像度に可視化しました。
また、写真測量やデジタル地表モデルなどを作成し、全147隻の位置と形状を地図化しています。
では、戦後に廃棄された武器や船は現在どんな影響を及ぼしていたのでしょうか。
戦争の「負の遺産」が、生物が集まる「命の拠点」に変化していた
バルト海の調査では、爆弾の金属外殻にヒドロ虫やイソギンチャク、ヒトデ、ゴカイなどからなる付着生物が形成されていることが分かりました。
平均で「1平方メートルあたり約4万3000匹」という高い密度が確認されています。
とくにゴカイ類、イソギンチャク、ヒトデ、タラの仲間やハゼの仲間などの魚類も観察されました。
周囲の泥底では1平方メートルあたり約8200匹であり、硬い表面がいかに“生きものの受け皿”になっているかが明瞭に示されました。
ただし、露出した爆薬の表面はほぼ生物が付着していませんでした。
同時に海水からは爆薬由来化学物質高濃度で検出され、実験で知られる毒性の閾値に近い水準でした。
しかし、それでも金属外殻上には、海洋生物たちが高密度で生息しています。
研究者は、硬く安定した表面という住みやすさの利点が化学的なリスクを上回る場面があり、毒性に相対的に強い生物が選択されて定着している可能性を指摘しています。
さらにバルト海南西域では19〜20世紀に“石取り”によって自然の石が減り、硬い基盤が乏しい歴史があるため、投棄弾薬という人工物が相対的に貴重な“固い足場”になっている地域性も背景として指摘されました。
マローズ湾の研究では、沈没船が波や流れを弱めて土砂をため込み、船の輪郭に沿った“船型の小島”や湿地が生まれたことが明らかになしました。
そして、そこに草木が育ち、ミサゴ(Pandion haliaetus)などの鳥が営巣し、絶滅危惧のタイセイヨウチョウザメ(Acipenser oxyrinchus)が利用する生息環境が広がっていることも把握できました。
研究者たちは、こうしたデータ群が生態・考古・文化の横断研究を可能にし、保全と利用の計画づくりに資することを強調しました。
2つの研究が示す核心は明快です。
人が海に捨てた“負の遺産”が、硬い表面という希少な条件を提供することで、“生き物たちの集まり場”に変わりうるという事実です。
同時に忘れてはならないのは、化学物質の溶出が局所的に高濃度に達しているという安全・環境面の課題です。
今後は、危険物の撤去や封じ込めを進めていく必要があります。
また失われがちな“硬い基盤”を人工リーフなど安全な構造で代替し、文化・生態・地域社会の価値を同時に守っていくことも大切でしょう。
かつて“不要”とされたものが、自然の中で別の役割を与えられ、命の拠点へと姿を変えていました。
人と自然の折り合いを工夫すれば、過去の過ちを減らしながら、未来の海により多くの可能性を残せるはずです。
参考文献
Dumped World War munitions and sunken ships serve a wild new purpose
https://newatlas.com/environment/dumped-world-war-munitions-ships/
Discarded world war weapons and ships are now home to thriving marine life
https://www.scimex.org/newsfeed/discarded-world-war-weapons-and-ships-are-now-home-to-thriving-marine-life
元論文
Sea-dumped munitions in the Baltic Sea support high epifauna abundance and diversity
https://doi.org/10.1038/s43247-025-02593-7
Mapping the “Ghost Fleet of Mallows Bay”, Maryland with drone-based remote sensing
https://doi.org/10.1038/s41597-025-05635-z
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部