みなさんは「レディ・ゴダイヴァ(Lady Godiva)」という、歴史上に実在した女性をご存知でしょうか?
彼女は11世紀のイングランドの都市コヴェントリーの領主、マーシア伯レオフリックの妻でした。
「まったく聞いたことない」という方も多いでしょうが、実は彼女は、ベルギーのチョコレートメーカー「ゴディバ(Godiva)」の由来になった人物なのです。
それはブランドの創設者であるジョセフ・ドラップスが、レディ・ゴダイヴァのある逸話に感銘を受けたからだといわれています。
その逸話こそが、タイトルにもある通り、「夫の圧政を止めるために、裸で市街を行進した」という伝承なのです。
果たして、これは真実なのでしょうか?
目次
- レディ・ゴダイヴァとは?
- 「裸の行進伝説」と、その真相とは?
レディ・ゴダイヴァとは?

レディ・ゴダイヴァは、10~11世紀に実在したとされるイングランドの貴婦人です。
およそ990年頃に生まれ、1067年頃に亡くなったと伝えられています。
彼女は、当時イングランド中部マーシアの支配者レオフリック伯の妻であり、宗教施設への寄進や社会事業でも知られていました。
夫婦でコヴェントリーの修道院や教会への支援を惜しまなかったことは、当時の記録にも残されており、単なる伝説の存在ではなく、歴史上も「善き行いをした貴婦人」として名を残しています。
当時、貴族の女性が社会に大きな影響を持つことは稀でしたが、ゴダイヴァは例外的な存在でした。
土地の管理や慈善活動に積極的に関わり、市民の声に耳を傾ける姿勢で人々に慕われていたと伝えられます。
そんな彼女の名前を一躍有名にしたのが、夫レオフリックによる「重税」に立ち向かったという伝説です。
「裸の行進伝説」と、その真相とは?
最も有名なレディ・ゴダイヴァのエピソードは、「夫の重税に苦しむ市民を救うため、裸で馬に乗ってコヴェントリーの街を行進した」というものです。
伝説によれば、レオフリック伯はコヴェントリーの住民に過酷な税金を課していました。
これに心を痛めたゴダイヴァは、夫に減税を再三願い出ます。
しかしレオフリックはなかなか承諾しませんでした。
それでもしつこく減税を訴える妻に業を煮やした彼は「それなら、お前が裸で馬に乗って街を練り歩けば、税を免除しよう」と半ば冗談めかして言ったとされています。
驚くべきことに、ゴダイヴァはこの条件を受け入れます。
そして、街の人々に「その日は誰も外に出ず、窓も閉じて見ないように」と命じ、彼女は長い髪だけで身体を隠し、馬にまたがって街を進みました。ほとんどの市民は彼女の思いに応え、誰も外を見なかったといいます。

ところが、ただ一人、誘惑に勝てずこっそり覗き見した「トム」という男がいました。
彼はのちにのぞき見の罰として失明し、この話が今日の英語圏で「のぞき見する人」のことを「ピーピング・トム(Peeping Tom)」と呼ぶ由来になったとされています。
ただ、この伝説の史実性には疑問が残ります。
まず、ゴダイヴァが生きていた時代の同時代資料には、この「裸の行進」についての記録はありません。
最も古い伝承は彼女の死から約200年後、13世紀の年代記に現れます。
そのため、歴史学者の多くはこの話を「中世の道徳的寓話(=つくり話)」とみなしており、実際には起きていない可能性が高いと指摘しています。

それでも伝説によれば、ゴダイヴァが勇気ある行動を終えると、夫は約束通り重い税を撤廃しました。
そして市には馬にだけ課される通行税だけが残されたといいます。
興味深いことに、エドワード1世時代の記録調査では、実際にコヴェントリーでは馬以外の通行税がなかったことが事実として確認されているのです。
これがゴダイヴァによる「裸の行進」のおかげだったかどうかはわかりません。
それでも彼女の伝説的な物語は、今日のコヴェントリー市民にとって誇りとなっており、街には彼女を讃える銅像も作られました。
たとえ史実ではなかったとしても、レディ・ゴダイヴァの物語はコヴェントリーのアイデンティティとなり、現代まで大切に語り継がれているのです。
参考文献
The real Lady Godiva: The naked truth behind Coventry’s most legendary heroine
https://visitcoventry.co.uk/blog/post/the-real-lady-godiva-the-naked-truth-behind-coventrys-most-legendary-heroine/
Lady Godiva rides again: How a naked protest became a feminist icon
https://www.ecu.edu.au/newsroom/articles/research/lady-godiva-rides-again-how-a-naked-protest-became-a-feminist-icon
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部