ノエルはグレタより採用で有利!?”名前の響き”が就職採用にも影響すると判明

心理学

あなたの名前は、どんな“音の響き”を持っていますか?

私たちは日常生活のなかで、「この名前、優しそうだな」「この名前、なんだか力強い」など、名前から人柄をなんとなくイメージすることがあります。

しかし、その「印象」はどこから生まれるのでしょうか? そして私たちの生活の中にどの程度影響するものなのでしょうか?

これまでにも、名前の文化的な背景や意味が面接の採用や社会的な印象に関係する、という話題はよく語られてきました。しかし、「名前の響きが“無意識のバイアス”を生むのか」という根本的な問いは、はっきりと確かめられていませんでした。

そこでカナダのカールトン大学(Carleton University)の研究チームは、そんな疑問から、名前が含む“どういった音”が人の評価などにどう影響を及ぼすのかを、実験を通じて検証しました。

その結果、同じ能力や経験を持つ二人が面接に臨んだとき、一方の名前が柔らかい響き、もう一方が鋭い響きだった場合、それだけで有利・不利が生まれてしまう可能性が示されたという。

これは「自分の名前」だけでなく、名付け方が子どもの将来にも影響するかもしれない可能性を示唆しています。

この研究の詳細は、2025年3月公開の科学雑誌『Acta Psychologica(アクタ・サイコロジカ)』オンライン版に掲載されています。

目次

  • 「名前の音」が印象を左右する? “音象徴”の不思議な働き
  • “ノエル”は有利で“テリー”は不利、名前の響きが生む印象のバイアス

「名前の音」が印象を左右する? “音象徴”の不思議な働き

就職活動や書類選考の場面では、最初に目に入るのが応募者の「名前」です。

もちろん多くの企業や担当者は、性別や年齢、人種などの偏見を避けるよう努力しています。

それでも実際には、名前が与える印象が想像以上に大きな影響を持つ可能性は、さまざまな研究から指摘されています。

たとえばアメリカやカナダでは、「白人らしい名前」と「黒人らしい名前」では、書類選考の通過率が大きく違うというデータが存在します。

また、名前から年齢を推測されたり、古風な名前が“まじめそう”だと思われたりすることもあるようです。

このような「名前によるバイアス」は、これまでは主に名前の持つ文化的な意味や民族的な背景が影響していると考えられてきました。

しかし、今回の研究で注目されたのは、「名前の“音そのもの”」が印象に与える影響です。

ここで登場するのが「音象徴(おんしょうちょう:sound symbolism)」という心理学の概念です。

音象徴とは、特定の音や発音が、言葉や名前の意味を超えて、私たちの感覚や印象に直接働きかける現象を指します。

たとえば“ルナ”や“ノエル”のような名前は、柔らかく丸みを帯びたイメージを持たれやすく、逆に“クリス”や“カート”のような名前は、少し鋭く、自己主張が強いイメージを抱かれる傾向があるといいます。

この現象は、世界中のさまざまな言語や文化でも確認されており、人は無意識のうちに音の響きから性格や雰囲気を想像してしまうことが知られています。

そこでカールトン大学の研究チームは、「名前の音」が採用選考のような場面で“有利・不利”に働く可能性があるのではないかと考え、独自の実験を設計しました。

実験では、同じ性別の「柔らかい音(l、m、nなどが入るsonorant:共鳴音)」と「鋭い音(p、t、kなどの無声破裂音)」を持つ名前をペアにし、「誠実さ」や「協調性」など特定の性格が求められる仕事ごとに、ペアになった名前のうちどちらを“その職種に採用したいか”を参加者に選んでもらい、その傾向を調査しました。

この実験は、名前だけの場合だけでなく、名前と写真、名前とビデオ面接など、さまざまな状況でも繰り返し実施されました。

その結果、名前の“音の響き”が無意識のうちに私たちの選択に影響を及ぼす、驚くべき仕組みが浮かび上がってきたのです。

“ノエル”は有利で“テリー”は不利、名前の響きが生む印象のバイアス

実験の結果、名前の“音の響き”が採用選考に大きな影響を与えることがわかりました。

とくに「誠実さ」「協調性」「情緒性」「開放性」が求められる職種では、l(エル)、m(エム)、n(エヌ)といった柔らかい響きを持つ名前、たとえば「ノエル(Noel)」や「ルナ(Luna)」のほうが“この仕事に合いそう”と評価され、選ばれることが多くなったという。

研究では「名前のみ」「名前+写真」「名前+ビデオ面接」といった、選考の段階ごとの影響も調べられましたが、名前だけが判断材料となる履歴書や一次選考では、特に名前の響きが評価に強く影響していたのです。

一方、顔写真や動画でのやり取りが加わると、名前の効果は徐々に薄れ、応募者本人の表情や声といった要素がより重視されるようになっていました。

つまり、「名前の音によるバイアス」は、書類審査やオンラインでの初期選考のような“限られた情報しかない場面”でより強く働くことが示されました。

この現象は、音の響きが人の性格や雰囲気のイメージに結びつき、私たちが無意識的に感じる印象に影響していることを裏付けています。

実際には、名前の響きと本人の性格には直接的な関係はないはずですが、無意識のうちに“柔らかい名前は誠実そう”“鋭い名前は強そう”といった印象が生まれてしまうのです。

論文では、研究結果から採用で有利・不利になる名前は次のようなものだと述べられています。

採用に有利な名前

(sonorant)

カタカナ読み 採用に不利な名前

(voiceless stop)

カタカナ読み
Noel ノエル Chris クリス
Luna ルナ Kurt カート
Lauren ローレン Kate ケイト
Allen アレン Greta グレタ
Mona モナ Katie ケイティ
Miles マイルズ Terry テリー

ここでは「誠実さ」「協調性」といった面を考慮した場合、ノエルやローレンといった名前は採用に有利になり、グレタやテリーといった名前は採用で不利になる傾向があると述べられています。

Credit:OpenAI,ナゾロジー編集部

ただし、p(ピー)、t(ティー)、k(ケイ)など無声破裂音(空気を一度止めて破裂するように出す音)を含む鋭い響きの名前が常に不利というわけではなく、「外向性(Extraversion)」を重視などの条件にした場合は、こちらが有利になる状況も観察されたという。

ただ採用という場面では「誠実さ」「協調性」が重視されることは多いと考えられるので、経歴、年齢、志望動機などで拮抗していた場合、書類選考に名前が影響する可能性は意外と高いのかもしれません。

今回の研究はカナダやアメリカなど欧米の名前を対象としていますが、「音象徴」は日本語の名前でも見られる現象です。

たとえば、日本でも「たけし」や「けんじ」のようにカ行が入る名前には“元気”や“男らしさ”のイメージがあり、「さゆり」や「みなみ」といった柔らかい響きの名前には“優しさ”や“穏やかさ”を感じる人が多いのではないでしょうか。

つまり、今回明らかになった“音のバイアス”は、文化や言語が違っても、日本人にも思い当たる点がある現象なのです。

こうした名前のバイアスは、誰かを差別しようという意図がなくても、無意識のうちに働いているという点が問題でしょう。

研究チームも「公正な採用のためには、できるだけ書類選考の段階で名前を隠す“匿名選考”を取り入れることが望ましい」と提案しています。

とはいえこうした無意識に感じる印象のバイアスは、顔や声、話し方といった情報にも影響されることが示されているので、採用プロセス全体を単純に匿名化すればよい、という問題でもないでしょう。

こうした問題を取り払い、完全に公正な選考を実現しようというのはあまり現実的ではありません。

そもそも名前は、親がこうした子に育って欲しいという願いを込めてつけるものなので、必ずしも名前の印象をネガティブな意味で捉える必要はないでしょう。

ただ状況によって、名前の印象が他人の評価に影響するという事実は理解しておくことが重要です。

採用や進学、子どもの名付けなど、名前の響きが人生に与える影響は、私たちが思っている以上に深いテーマです。

今回の研究は欧米名での実施ですが、「名前の音」が持つ力は、世界中のさまざまな文化で無視できない存在だと考えられます。

今後は、人の評価には、こうした“音のバイアス”があるということを、評価する側も評価される側も意識した方が良いかもしれません。

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元論文

Would you hire Liam over Kirk? Name sound symbolism and hiring
https://doi.org/10.1016/j.actpsy.2025.104978

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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