グラディエーターと戦闘した「ヒグマの頭蓋骨」を発見、約1700年前

ローマ帝国

古代ローマの円形闘技場といえば、人間vs人間、人間vs獣といった「剣闘士試合」が有名です。

そんな中、セルビア・ベオグラード大学(University of Belgrade)らの最新研究で、セルビアの古代都市ヴィミナキウム近郊で出土したヒグマの頭蓋骨から、まさかの事実が明らかになりました。

このヒグマは野生で生まれた後、長期間にわたり人間に捕らえられ、剣闘士と戦う見世物に繰り返し使われていた可能性が高いことが判明したのです。

このヒグマが死亡したのは、今から約1700年前のこと。

古代ローマの華やかな娯楽の舞台裏に潜む「動物たちの悲劇」が、今になって骨の形から浮かび上がってきました。

研究の詳細は2025年9月1日付で科学雑誌『Antiquity』に掲載されています。

目次

  • 円形闘技場の裏で動員された野生動物
  • 頭骨が語る残酷な見世物の痕跡

円形闘技場の裏で動員された野生動物

セルビアにある古代都市ヴィミナキウム(Viminacium)は、ローマ帝国時代に建てられた軍事拠点で、周囲には円形闘技場が存在していました。

この闘技場は西暦2世紀に建設され、楕円形の高い壁をもち、およそ7000人もの観客を収容できたと考えられています。

ここでは剣闘士同士の戦いだけでなく、動物を使った見世物も行われていました。

歴史資料によれば、ライオンやヒョウ、さらにはクマまでもが戦いに駆り出されていたといいます。

しかし、実際にクマが剣闘士と戦わされた「直接の証拠」はこれまでありませんでした。

転機となったのは2016年。

考古学チームがヴィミナキウムの円形闘技場近くでヒグマの頭蓋骨の断片を発見したことです。

発見されたヒグマの骨がこちら

周囲からはヒョウなど他の動物の骨も見つかっており、当時の見世物の犠牲となった動物たちが、その場で解体され廃棄されていたことを示唆しています。

研究チームは骨学的分析、X線撮影、微細構造観察、古代DNA解析といった複数の手法を組み合わせ、1,700年前に死亡したクマの一生を復元することにしました。

頭骨が語る残酷な見世物の痕跡

画像
Credit: canva

分析の結果、このヒグマは6歳のオスで、バルカン半島の在来個体だったことが判明しました。

遠方から運ばれたのではなく、地元で捕獲された野生のクマだったのです。

頭蓋骨の前頭部には大きな損傷が見つかり、その一部が治癒しつつあった痕跡と同時に、感染症の兆候も確認されました。

研究チームは、この外傷が槍を持った狩猟専門の剣闘士「ヴェナトル」との戦闘で受けた可能性が高いと指摘しています。

さらに、犬歯には不自然な摩耗があり、顎の骨には感染の痕跡もありました。

これは長期間にわたり檻の鉄格子を噛み続けた行動によるものと考えられます。

つまり、このクマは数週間ではなく、数年にわたって捕らえられていたとみられるのです。

放射性炭素年代測定の結果、このクマの死は西暦240〜350年頃にあたります。

当時、ヴィミナキウムの円形闘技場では定期的に剣闘試合が開催されており、このクマも繰り返し見世物に登場させられていたと推測されます。

今回の頭骨は、これまで文献でしか確認できなかった「ローマの剣闘場におけるクマの利用」を示す世界初の直接的な骨学的証拠です。

古代ローマの栄光の陰に隠された「動物たちの犠牲」が、1700年の時を経て明らかになったのです。

ローマ帝国の円形闘技場は、今では観光名所としてその壮大な姿が人々を惹きつけます。

しかし、その舞台裏では人間だけでなく多くの野生動物が血を流し、観客の歓声のために命を落としていました。

セルビアで発見されたヒグマの頭蓋骨は、華やかな古代ローマの娯楽がいかに残酷な一面を持っていたかを物語っています。

骨に刻まれた傷と摩耗は、遠い過去の「もう一つの歴史」を、静かに私たちへ伝えているのです。

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参考文献

Skull of bear held captive to fight Roman gladiators discovered near ancient amphitheater in Serbia
https://www.livescience.com/archaeology/romans/skull-of-bear-held-captive-to-fight-roman-gladiators-discovered-near-ancient-amphitheater-in-serbia

元論文

A spectacle of the Roman amphitheatre at Viminacium: multiproxy analysis of a brown bear skull
https://doi.org/10.15184/aqy.2025.10173

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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