1000年前のヴァイキング時代に使われていたボードゲーム「フネファタフル(Hnefatafl)」の駒が、現代の研究で再び注目を集めています。
デンマーク国立博物館(NMD)の収蔵庫に200年以上眠っていたこの駒は、精巧な顔立ちと独特な髪型をもつ人物像で、ヴァイキング王を描いた可能性があると考えられています。
その中でも最も可能性の高い人物は、今日のブルートゥース(Bluetooth)の由来にもなったとされる「ハーラル1世・青歯王」です。
研究の詳細は2025年8月11日付で学術誌『Medieval Archaeology』に掲載されています。
目次
- 忘れ去られていた「王」の駒
- 髪型が語るヴァイキングの素顔
忘れ去られていた「王」の駒
発見された駒の高さはわずか3センチほどで、素材は高価なセイウチの牙。
現在で言えば象牙にあたるような貴重品で、当時の上流階級しか手にできなかった品です。
この駒は1797年、ノルウェー南部のヴィーケン地方で初めて発掘されました。
実際の画像がこちら。
ここは10世紀後半、デンマーク王ハーラル1世「青歯王(Bluetooth)」の支配下にあった地域です。
ハーラルは北欧の統一を進めた王として知られ、現代の無線規格「Bluetooth」の名前の由来にもなっています。
出土した駒は当初から重要な遺物として博物館に登録されましたが、その後は膨大な収蔵品の中に埋もれ、200年以上も忘れ去られていました。
再び注目を浴びることになったのは、国立博物館の学芸員ピーター・ペンツ氏が収蔵庫で偶然目にしたのがきっかけです。
「数年前に収蔵庫で駒を見つけたとき、本当に驚きました。まるでこちらを見つめているようで、これほど生き生きとしたヴァイキング像は見たことがありませんでした」とペンツ氏は語ります。
この駒はヴァイキング版チェスとも呼ばれる「フネファタフル」に使われていた「王」の駒とみられています。
フネファタフルは8世紀から11世紀にかけて北ヨーロッパで広く遊ばれたゲームで、ヴァイキングの遠征によりイングランドにも伝わりました。
その後、12世紀以降に本来のチェスに取って代わられることになります。
髪型が語るヴァイキングの素顔
この駒が特に注目される理由は、当時の人物像をきわめて詳細に描き出している点です。
ヴァイキング時代の美術は、ドラゴンなど幻想的な動物をモチーフにした装飾が中心で、人間を写実的に描いた例は非常に稀です。
しかし、この小さな駒は表情から髪型に至るまで驚くほど細かく表現されています。
髪型は中央分けで横に流し、耳を見せるスタイル。後頭部は短く刈り込み、大きな口ひげ、もみあげ、さらに長く編み込まれたあごひげまで確認できます。
耳の上の小さなカールまで彫られており、当時の上流階級に流行した髪型をそのまま反映している可能性があるとペンツ氏は指摘します。
「これまでヴァイキングの髪型について詳しい証拠はありませんでしたが、ここでは細部まで確認できます。これはミニチュアの胸像であり、当時のヴァイキングの肖像に最も近い存在です」とペンツ氏は述べています。
この人物が実際に誰を表しているのかは正確には断定できません。
最も可能性の高いのは、当時この地域を支配していたハーラル1世・青歯王ですが、あくまでも研究者たちは慎重な姿勢を崩していません。
それでも、この駒は「ヴァイキングが自らをどのように表現したか」を知る上で重要な資料であることは間違いありません。
1000年前に遊ばれたゲームの駒が、現代においてヴァイキングの姿を伝える歴史的証言者となる――。
忘れ去られた小さな像は、当時の人々の文化や美意識を映す鏡として、私たちにヴァイキングの素顔を垣間見せてくれます。
参考文献
1,000-year-old ‘king’ game piece with a distinctive hairstyle is ‘as close as we will ever get to a portrait of a Viking’
https://www.livescience.com/archaeology/vikings/1-000-year-old-king-game-piece-with-a-distinctive-hairstyle-is-as-close-as-we-will-ever-get-to-a-portrait-of-a-viking
The National Museum discovers new details regarding Viking hairstyles
https://via.ritzau.dk/pressemeddelelse/14540693/the-national-museum-discovers-new-details-regarding-viking-hairstyles?publisherId=13560791&lang=en
元論文
Understanding the Flygstad (Fløgstad) Figurine: Gaming Pieces, Kings, Gender and Fertility Rites
https://doi.org/10.1080/00766097.2025.2518811
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部