多くの人に楽しみを与えてきたテレビゲーム。
もともと安価な趣味とは言えませんが、近年ではコンソールもソフトもさらに高額化しており、ゲーマーたちの財布を直撃しています。
こうした価格上昇について、よく原因として挙げられるのが関税やインフレなどの外的要因です。
しかし、アメリカ・ノースイースタン大学(Northeastern University)に所属するBob De Schutter教授(ゲームデザイン専攻)は、「価格高騰の理由は、もっと複雑で、ゲーム業界特有のものである」と指摘しています。
今回の報告は、2025年8月29日にノースイースタン大学の公式ニュースサイト「Northeastern Global News」にて発表されました。
目次
- 高まる「AAAタイトルへの期待」と開発費、そしてゲーム価格
- デジタル販売化と消費者心理のズレがもたらす「価格への違和感」
高まる「AAAタイトルへの期待」と開発費、そしてゲーム価格
ゲーム価格の上昇が始まったのは今に始まったことではありません。
しかし、特にここ数年、その傾向は加速しています。
では、なぜゲームがここまで高騰するに至ったのでしょうか?
背景として注目すべきは、まず「AAA(トリプルエー)タイトル」の開発費の増大です。
AAAとは、ゲーム業界で“最も予算がかかる大作ゲーム”を指す俗称で、映画で言うところの超大作にあたります。
ハリウッド映画のように大手企業が莫大な資金と人員を投入して制作され、数百人規模のチームで数年かけて開発されることが一般的です。
例えば、『コール オブ デューティシリーズ』『Minecraft』『DEATH STRANDING』などがAAAタイトルに含まれます。
また、2025年にリリースされた『マリオカート ワールド』もAAAタイトルの一つとされ、80ドルという価格(日本での希望小売価格:ダウンロード版8,980円、パッケージ版版9,980円で販売されました。
かつて標準だった60ドルと比較して約33%の値上がりに相当し、多くのファンに衝撃を与えました。
De Schutter教授は、「今のAAAゲームは開発チームの力を限界まで引き出して、できる限りリアルで没入感のある体験を作り上げようとしている」と述べています。
このような状況では、“差別化”が命題となり、より多くの資金が投入されるようになります。
膨張した開発費を回収するために、本数を売るだけでなく、ゲーム内課金などの追加的な収益モデルも不可欠になっているのです。
さらに、COVID-19パンデミック中に起きたゲーム業界への一時的な投資ブームが落ち着いたことも重要な要因です。
パンデミック中、多くの人々が自宅での娯楽としてゲームに目を向け、大きな資金が業界に流れ込みました。
しかし、実際の収益成長は期待ほどではなく、その反動で投資家が慎重になり、資金の流入が鈍化しました。
De Schutter教授は、「このままでは持続可能ではない」と警鐘を鳴らしています。
デジタル販売化と消費者心理のズレがもたらす「価格への違和感」
ゲーム価格が上昇していく中、消費者側の心理も大きく変化してきました。
近年、ゲーム販売はデジタル中心へと移行しつつあります。
プレイヤーはダウンロード購入を前提とし、パッケージを手に取ることは少なくなりました。
このデジタル化により、ユーザーの間で「ゲームはもっと安く買えるものだ」という意識が広がりつつあります。
Epic GamesやBlizzard Entertainmentに勤務経験のあるゲームプロデューサー、Ryan Maloney氏は、「オンラインでのセール文化が浸透した結果、消費者はフルプライス(定価)に対して敏感になっている」と指摘します。
かつては60ドルでも納得されていた価格が、今では「高すぎる」と感じられてしまうのです。
しかも、デジタル販売ではパッケージ・流通・小売などのコストが削減されているため、「だったら安くなるべきでは?」という疑問や不満が噴出するのも無理はありません。
しかし、現実にはその浮いたコスト分は、増大する開発費や広告費の補填、あるいは株主利益に還元される形で吸収されています。
つまり、プレイヤーの期待と企業の論理に深いギャップがあるのです。
そしてそのギャップを埋める術を見つけられないまま、業界は高価格化と不信感の連鎖へと突入しています。
この構造は、ゲーム業界に限らず、映画、音楽、書籍といった他のメディア業界でも共通しています。
しかし特にゲームの場合は開発サイクルが長く、投資額が大きいため、価格改定の影響が極めて直接的に表れるのです。
では、解決策はあるのでしょうか?
専門家の一部は、インディーゲームや中小規模の制作スタジオによる「ミドルタイトル」への回帰が鍵になると語っています。
小規模でもクオリティの高い作品が成功する例(『Stardew Valley』『Balatro』など)は増えており、多様性と柔軟性のあるゲーム市場の構築が、今後の価格安定につながる可能性もあるのです。
De Schutter教授は、次のように述べています。
「ゲーム業界は“すべてが超リアルなグラフィックである必要はない”という姿勢に立ち返り、『このグラフィックで十分』と納得することが必要になってくるでしょう」
これからのゲーム業界には、グラフィックの精密さだけではなく、「体験としての満足度」や「制作の持続可能性」に対する新たな価値基準が求められているのかもしれません。
参考文献
Why are video games getting more expensive? Spoiler: It’s not just tariffs
https://news.northeastern.edu/2025/08/29/why-are-video-games-so-expensive/
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部