南国の海でひっそりとサンゴに寄り添う、小さなタツノオトシゴ。
体の色も形もサンゴそっくりで、まるでサンゴに溶け込んでしまったかのように見えます。
彼らは英名で「ピグミーシーホース(Pygmy seahorse)」と呼ばれ、日本では最近「コダマタツ」との和名で呼ばれることが決定されました。
コダマタツは親指の爪ほどの大きさしかなく、そのあまりの擬態の巧みさから、科学者たちでさえ長い間この生き物の存在に気づけませんでした。
実際に発見されたのは、わずか45年前のことです。
そして最近、独コンスタンツ大学(University of Konstanz)による最新研究で、コダマタツがいかにして究極の擬態能力を手に入れていたのかが解明されました。
その答えは「遺伝子を失くすこと」にあったのです。
研究の詳細は2025年8月25日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されています。
目次
- サンゴに同化するタツノオトシゴ
- 遺伝子を「失った」からこそ得られた進化
サンゴに同化するタツノオトシゴ
コダマタツは、世界で最も小さな脊椎動物のひとつとして知られています。
大きさはわずか2センチ弱で、人間の親指の爪とほぼ同じ。
彼らは西太平洋のサンゴ礁に生息しており、特定のサンゴの仲間に寄生・共生するように暮らしています。
その姿を見たことがある人なら、思わず息をのむでしょう。
実際の画像がこちら。

体表には小さなコブのような突起が並び、それがまるでサンゴのポリプの集合体と見分けがつかないほど精巧に似ています。
さらに体色もサンゴと同化しており、捕食者の目を完全に欺く「生きた擬態の芸術品」となっているのです。
このような見事な擬態は、単なる偶然ではありません。
研究チームはゲノム解析を行い、この生物が進化の過程でどのように独自の姿を獲得したのかを調べました。
その結果、驚くべき事実が浮かび上がりました。
遺伝子を「失った」からこそ得られた進化
解析の結果、コダマタツは他のタツノオトシゴと比べて、成長や発生に関わる重要な遺伝子の一部を失っていることが判明しました。
特に、頭部の形を決定する「hoxa2b」という遺伝子が機能しなくなっていることが大きなポイントでした。
通常のタツノオトシゴは、成長に伴って顔の口部分が伸び、馬のように長い口先を持つ姿になります。
しかし、コダマタツではこの遺伝子が失われているため、口部の成長が抑えられ、顔が幼いままの丸い形に固定されます。
つまり、彼らは進化の過程で「子どもの顔をしたまま大人になる」という“永遠のベビーフェイス”を選んだのです。
この結果、サンゴのポリプと同じような突起を持ち、捕食者からはほとんど見分けがつかなくなりました。

さらに研究者たちは、ゼブラフィッシュを使ったCRISPR-Cas9実験で、同じ遺伝子を失わせると頭部が短いまま成長することを確認しました。
これにより、遺伝子喪失と形態変化の因果関係が強く裏付けられたのです。
このように、コダマタツは「遺伝子を失うこと」で究極の擬態能力を進化させた生物だったのです。
多くの動物が新しい遺伝子を獲得することで進化してきたのに対し、この小さなタツノオトシゴは逆に遺伝子を削ぎ落とすことで、生存に有利な姿を手に入れました。
研究チームのマイヤー教授は、「遺伝子の喪失が進化的創造性を解放し、サンゴに完全に溶け込むというユニークな生物学的特性を生み出した」と結論づけています。
参考文献
Why the pygmy seahorse has a snub nose
https://www.uni-konstanz.de/en/university/news-and-media/current-announcements/news-in-detail/why-the-pygmy-seahorse-has-a-snub-nose/
【博物館・連合農学研】ヨウジウオ科のピグミーシーホースに「コダマタツ」と命名
https://www.kagoshima-u.ac.jp/topics/2025/08/post-2355.html#:~:text=%E3%82%B3%E3%83%80%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%83%84%E3%80%8D%E3%81%A8%E5%91%BD%E5%90%8D-,%E3%80%90%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E3%83%BB%E9%80%A3%E5%90%88%E8%BE%B2%E5%AD%A6%E7%A0%94%E3%80%91%E3%83%A8%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%82%AA%E7%A7%91%E3%81%AE%E3%83%94%E3%82%B0%E3%83%9F%E3%83%BC,%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%80%8C%E3%82%B3%E3%83%80%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%83%84%E3%80%8D%E3%81%A8%E5%91%BD%E5%90%8D
元論文
Symbiosis with and mimicry of corals were facilitated by immune gene loss and body remodeling in the pygmy seahorse
https://doi.org/10.1073/pnas.2423818122
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部