「自然を表現する言葉」の使用頻度が低下している【200年で60%以上減少】

人は自分が関心のある話をよくするもので、それは使用単語の頻度にも影響します。

たとえば恋人と別れたばかりの人は「寂しい」「悲しい」といった言葉を多く使うでしょうし、新しい趣味を始めたばかりの人は、その趣味に関する言葉をやたらと口にするものです。

つまり、私たちの“言葉遣い”には、どんなことに心を向けているかが素直に表れているのです。

では、もし私たちがある言葉をほとんど使わなくなったとしたら?

それは、その対象に関心が薄れているということではないでしょうか?

イギリス・ダービー大学(University of Derby)の心理学者マイルズ・リチャードソン氏が行った最新研究では、まさにこの発想を出発点に、人類が“自然とのつながり”をどのように失ってきたのかを検証しました。

その結果分かったのは、私たちの間で「自然を表現する単語」の使用頻度が低下しているという事実です。

本研究は、2025年7月23日付の『Earth』誌に掲載されました。

目次

  • 200年間で書籍から「自然に関する単語」が60%も減っている
  • 親が「自然とのつながり」を子供に伝えることができていない

200年間で書籍から「自然に関する単語」が60%も減っている

ここ数十年、都市化とテクノロジーの進展により、人々の自然離れが進んでいるといわれています。

かつては野原で遊んだり、川に魚を見に行ったりするのが当たり前だった子どもたちも、今ではゲームやSNSの世界に夢中になり、自然との接点は急激に減少しています。

このような背景から、心理学や環境学の分野では「自然とのつながり(nature connectedness)」という概念が重視されるようになってきました。

これは、人がどれだけ自然を愛し、興味を持ち、心理的に結びつきを感じているかを表す指標です。

リチャードソン氏は、この「自然とのつながり」が時代とともにどう変化してきたのかを明らかにするために、まずある大胆な方法を取りました。

それは、「自然に関する単語」の出現頻度を歴史的に追跡するというアプローチです。

使われたのはGoogle Books Ngram Viewerというツールで、1800年から2019年までに出版された数百万冊におよぶ書籍の中から、「川(river)」「草原(meadow)」「小枝(twig)」「小鳥のくちばし(beak)」「海岸(coast)」など28の自然関連単語の出現頻度を分析しました。

一方で、動物や植物の種名のように、あまりに専門的・技術的すぎる語彙は排除しました。

というのも、これらの語は生態系の変動や識別ガイドの流行など、言語以外の要因に左右されやすく、心理的なつながりの指標としては適さないと判断されたためです。

そして分析の結果、1800年以降、自然に関する単語の使用頻度は着実に減少しており、特に1850年以降の産業化・都市化の進行とともにその減少は加速。

全体で60%以上の減少が確認されました。

つまり人類は、この200年の間に「自然について語らなくなった」のです。

それはすなわち、自然に関心を持たなくなり、視界からも心からも遠ざけてきたことの証拠であると考えられます。

しかしこの分析はあくまで「言語」からのアプローチであり、実際に人間の心理的な自然離れと一致しているかどうかは明らかではありません。

そこでリチャードソン氏は、次なる手法へと踏み込みます。

親が「自然とのつながり」を子供に伝えることができていない

第2のアプローチでは、「自然とのつながり」が社会全体でどう変化したかを、ある計算モデルを用いてシミュレーションしました。

これは、仮想空間上に人々(エージェント)を配置し、それぞれが住んでいる場所の自然環境、親からの影響、感受性などの要素をもとに、心理的な“自然とのつながり”がどう変化していくかを計算するものです。

このシミュレーションは1800年から2020年まで、実に220年間を再現しました。

モデルでは、いくつかの条件が設定されています。

まず、都市化率は歴史的データに基づいており、1810年には7.3%だったものが、2020年には82.7%にまで増加しています。

また、家庭環境などを通じて親の「自然とのつながり」が子どもにも引き継がれる点も考慮されています。

その結果、このモデルが導き出した自然とのつながりの減少曲線は、先ほどの自然語の頻度データと95%以上の一致率を示したのです。

つまり、人々の“心の中の自然”の変化と、文化的言語の変化は、見事に重なっていたことになります。

さらにこのシミュレーションでは、「なぜ自然とのつながりが減少したのか」という原因にも迫っています。

最大の要因とされたのは、都市化や環境悪化そのものではなく、親から子への“自然のつながり”の伝達が途絶えたことでした。

自然環境が減少したことで、人々が自然を見なくなり、自然について語らなくなりました。

そして自然をあまり知らないまま育った親が、次の世代にも“自然とのつながり”を伝えられなくなったのです。

これら、世代を超えて蓄積され、自然との断絶が“固定化”していったといえるでしょう。

また、モデルは未来予測も行っています。

もし今から劇的な政策介入がなされ、子どもたちの自然教育が充実し、都市に自然が再び増えれば、2050年までは引き続き自然とのつながりが減少し続けますが、それ以降では回復に向かう可能性があることも示されました。

結局のところ、自然とのつながりは、一朝一夕に戻るものではありません。

しかしそれは、人間と地球の未来のために“取り戻すべきもの”であると、リチャードソン氏の研究は強く訴えているのです。

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参考文献

The Words Humans Use to Describe Nature Are Vanishing, Study Finds
https://www.sciencealert.com/the-words-humans-use-to-describe-nature-are-vanishing-study-finds

元論文

Modelling Nature Connectedness Within Environmental Systems: Human-Nature Relationships from 1800 to 2020 and Beyond
https://doi.org/10.3390/earth6030082

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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