約1万2800年前の「地球を変えた彗星爆発」の証拠を発見

地球科学

もしも、1万年以上前に空から巨大な彗星が降ってきて、地球の気候を一変させていたとしたら…?

そんなSFのようなシナリオを裏付ける新たな証拠が、北極圏の海底で発見されました。

カナダとグリーンランドの間に広がるバフィン湾の深海堆積物から、地球外起源とされる微細な金属粒子やガラス質の球体、そしてプラチナ族元素の異常濃度が検出されたのです。

これらはすべて、約1万2800年前に地球大気圏内で彗星が爆発したことを示す指標です。

この時期は、地球が温暖化に向かっていた気候の流れが突如として逆転し、約1200年間にわたる寒冷期「ヤンガー・ドリアス期」が始まったタイミングと重なります。

今回の発見は、彗星爆発が地球規模の気候変動を引き起こしたという説に、初めて海洋からの強力な裏付けを与えるものです。

研究の詳細は2025年8月6日付で科学雑誌『PLOS ONE』に掲載されています。

目次

  • 突如訪れた寒冷期「ヤンガードリアス・イベント」と彗星衝突説
  • 深海の堆積物から発見された“宇宙の証拠”

突如訪れた寒冷期「ヤンガードリアス・イベント」と彗星衝突説

約1万2800年前、地球は氷期から脱し、徐々に暖かくなりつつある過程にありました。

ところが、その流れは突然、そして急激に止まります。

北半球ではわずか1年以内に平均気温が約10℃も低下し、その寒冷な状態はおよそ1200年間続いたのです。

この現象は「ヤンガー・ドリアス期」と呼ばれ、現在でも原因をめぐる議論が続いています。

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Credit: canva

伝統的な説明では、北米にあった巨大な氷河湖(アガシズ湖など)の氷のダムが決壊し、淡水が北大西洋に大量流入したことで海流(熱塩循環)が停止し、寒冷化が始まったとされています。

しかし2007年以降、一部の研究者はまったく異なる視点からこの出来事に挑んできました。

それが「ヤンガー・ドリアス・インパクト仮説」です。

この説によると、地球は分解途中の彗星の破片と遭遇し、空中爆発や地表への衝突が連続的に発生。

その衝撃で氷床が不安定化し、大規模な洪水と気候変動が引き起こされたというのです。

この仮説は、世界各地の地層から「マイクロスフェルール(微小ガラス球)」や「白金・イリジウムの異常濃度」、さらには「ナノダイヤモンド」などの地球外物質が発見されたことで注目を集めました。

しかし、これらはすべて陸上の浅い地層からの発見であったため、「汚染の可能性がある」「信頼性に欠ける」として、多くの科学者から批判を受けてきました。

このように、彗星衝突説は長らく「眉唾もの」と見なされてきましたが、今回の発見がその流れを変えようとしています。

深海の堆積物から発見された“宇宙の証拠”

米カロライナ大学(USC)の研究チームは今回、グリーンランド沖・バフィン湾の深海にある4つの海洋堆積コア(深さ500〜2400m)から、ヤンガー・ドリアス期に該当する層を特定。

その層から、これまで陸上でしか見つかっていなかった隕石衝突の指標となる物的証拠が多数検出されたのです。

具体的には次のような証拠が確認されました。

・マイクロスフェルール:鉄やケイ素を含む直径4〜163μmの球体。地球の表層物質が高温で溶け、大気中を高速で移動しながら固まった痕跡であり、彗星爆発の衝撃波によって生成されたと考えられます。

・金属ダスト粒子(MDPs):酸素の少ない鉄・ニッケル・クロムを含む粒子。表面がねじれたり折れ曲がったりしており、高温で部分的に溶けた状態が確認されています。

・ナノ粒子(<1μm):プラチナ・イリジウム・コバルト・ニッケルといった地球外由来の元素が高濃度で含まれています。

・メルトグラス:融けた石英やアルミノケイ酸塩を含むガラス質の破片。高温衝撃がなければ生成されない物質です。

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衝突の証拠/ Credit: Moore et al., 2025, PLOS One

これらの異常はすべて、ヤンガー・ドリアス境界(YDB)と一致する層に集中しており、上下の層では急激に消失しています。

この明確な“層状の証拠”は、突発的な出来事によってもたらされたことを示唆しています。

さらに、こうした物質は海底6メートル以上の深さに埋もれ、かつ2400メートルもの海水の下にあったため、工業汚染の影響を受けている可能性は極めて低いとされています。

分析に用いられた技術も最先端です。

走査型電子顕微鏡(SEM)、レーザーアブレーションICP質量分析、さらにはナノ粒子を個別に分析できる「SP-ICP-TOF-MS」が活用され、精密な元素比の解析が行われました。

その結果、これらの粒子が少なくとも1%程度の彗星由来成分を含み、主に地球の表層物質が彗星衝突により溶融・放出されたものだと結論づけられています。

今回の発見は、ヤンガー・ドリアス・インパクト仮説にとって大きな転機となるかもしれません。

これまで「汚染の可能性がある」として退けられてきた地球外物質の証拠が、はるか北極の深海から見つかったことで、彗星衝突が実際に地球の気候に影響を与えた可能性が現実味を帯びてきたのです。

1万2800年前――彗星の断片が引き起こした寒冷化は、気候のみならず生態系や当時の人類社会にも大きな影響を与えた可能性があります。

文明の興隆と衰退の裏に、私たちがまだ知りきれていない“宇宙の介入”が存在していたのかもしれません。

今後の研究によって、より多くの海底から、あるいは氷床や湖底から、さらに確かな証拠が見つかることでしょう。

そのとき、私たちは地球の歴史の再解釈を迫られることになるかもしれません。

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参考文献

Evidence of World-Changing Comet Explosion 12,800 Years Ago Found in The Ocean
https://www.sciencealert.com/evidence-of-world-changing-comet-explosion-12800-years-ago-found-in-the-ocean

Ocean sediments might support theory that comet impact triggered Younger Dryas cool-off
https://www.eurekalert.org/news-releases/1093074

元論文

A 12,800-year-old layer with cometary dust, microspherules, and platinum anomaly recorded in multiple cores from Baffin Bay
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0328347

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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