核融合炉に「水銀を入れて金に変える」仕組みが発表――採算もとれる予定

シミュレーション

重金属の水銀を「金」に変える──古代からの夢物語だった錬金術が、現代の核融合技術でついに経済性を備えた状態で現実のものになろうとしています。

アメリカのスタートアップ企業、マラソン・フュージョン(Marathon Fusion)が行った研究によって、核融合炉の運転で生じる高エネルギーの中性子を水銀に照射し、年間数千kg規模の純金を効率的に生み出す方法が発表されました。

シミュレーションによると、1 GW(熱出力)級の核融合炉で年間約2000 kg(電力出力1 GW相当では最大約5000 kg)の金が生成可能で、その市場価値は年間数百億円にのぼります。

論文では、この方法で得られる電力と金を売却すれば燃料費用もろもろを差し引いても大幅な黒字になると計算しています。

しかしなぜ核融合炉に水銀を入れると金になるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月22日に『arXiv』にて発表されました。

目次

  • 金を生む核融合
  • 水銀が金になる仕組み
  • 「核融合炉錬金術」の課題

金を生む核融合

金を生む核融合
金を生む核融合 / Credit:Canva

「鉛や水銀から金を作り出す」という錬金術の夢は、中世の錬金術師たちが追い求め、近代以降も人々を惹きつけてきました。しかし金と鉛や水銀は原子核に含まれる陽子の数が異なるため、化学反応では元素を変えることはできません。

化学反応は分子の中にある原子をくっつけたり切り離したりする反応であり、構成材料となる個々の原子(元素)の核の構造を変える核種変換とは大きく異なるものです。

古の錬金術がついに成功を納めなかったのは、化学反応に頼ったままだったからだと言えるでしょう。

しかし20世紀に核物理学が発展すると、原子炉や粒子加速器を用いて水銀や鉛から人工的に金原子を合成する実験も行われました。

しかし原子核の変換で得られるのはごく微量でコストも莫大でした。

つまり、これまでの「現代の錬金術」は科学的には可能でも経済的には割に合わなかったのです。

ではコストの部分をクリーンな核融合発電で作られるエネルギーで大幅にカットすることはできるでしょうか?

残念ながらそれも簡単ではありません。

核融合炉は膨大な開発コストがかかり、商業的に採算をとるハードルが非常に高いのです。

そこでMarathon Fusion社の研究チームは発想を転換し、核融合炉で発生する余剰の高エネルギー中性子を使って付加価値の高い「金」を副産物として製造できれば、発電と錬金の一石二鳥で経済性を飛躍的に高められるのではないかと考えました。

言い換えれば、核融合炉をエネルギー生産装置としてだけでなく、同時に貴金属を大量に生産する工場としても活用し、古の錬金術を現代科学の力で現実化するということです。

果たしてそのようなことは可能なのでしょうか?

そして可能だとして採算は得られるのでしょうか?

水銀が金になる仕組み

水銀が金になる仕組み
水銀が金になる仕組み / Credit:Canva

核融合発電を利用した錬金は採算がとれるのか?

答えを得るため研究者たちはまず、理論的な仕組みを構築しました。

最初の準備は、まず金の原料として「水銀198」を用意します。

水銀198は天然水銀中に約10%存在することが知られており、安くはありませんがかなりの量を確保できます。

次に核融合炉を起動させ、2つの水素の仲間が合体して「ヘリウム原子」と「中性子」になる反応を起こし膨大な熱を発生させます。

電気を作る主役はこのときに生じる熱で、この熱を使って水などを沸かしタービンを回すことで発電が行われます。

一方、核融合が起きた後の中性子は物凄い速さで飛び去っていきます。

そのため高エネルギー中性子はある意味で副産物と言えます。

次のステップは、この高エネルギー中性子を水銀198に照射します。

するとビリヤードの玉突き事故のように原子核から中性子を2個はじき飛ばします。

この反応は「(n, 2n)反応」と呼ばれ、1つの中性子が水銀198の原子核に衝突すると、原子核から2つの中性子が飛び出し、原子核は結果的に中性子を1つ失って水銀197へとダイエットします。

しかし生成直後の水銀197は不安定です。

生成された水銀197(基底状態)は半減期約64時間の不安定核種で、電子捕獲により金197(安定同位体)へ崩壊します。

この原子核の回っている電子を飲み込むというのは、極めてドラマチックな結果を引き起こします。

電子を吸い込んだ反動で陽子の一つが中性子に変わり、原子番号が1つ減少して別の元素――金197となるのです。

こうして得られた金197は自然界に存在する唯一の安定な金の同位体、すなわち本物の「純金」です。

簡単に言えば、核融合炉から飛び出てきた中性子の剛速球を水銀にぶちあててダイエットさせ、原子番号を1つ下げて金にするわけです。

しかし話はここで終わりではありません。

核融合炉を連続運転するには、中性子とリチウムとの反応で燃料のトリチウムを炉内で生産(増殖)し続けなければなりません。

研究によれば核融合炉から飛び出した高エネルギー中性子を水銀198に照射すると追加の中性子が生まれ、トリチウム養成比(TBR)を維持・向上できることが示されています。

つまり、核融合で電気を作って売るだけでなく、水銀との組み合わせで燃料生産効率も維持・向上し、水銀が金になるオマケも付く公算です。

次にMarathon Fusionの研究チームは、このアイデアを試すために核融合炉ブランケット(炉心を取り囲む中性子増殖層)の内部に水銀198を組み込んだ場合のシミュレーションを行いました。

すると、1GW(熱出力)相当の核融合炉を想定した場合、年間約2000kg(電力出力1GWあたりでは最大約5000kg)の金が生産可能と算出されました。

現在金1kgは約10万ドル(約1300万円)を大きく超える値段で取引されているため、仮に年間2000kgの金が生産できれば、核融合炉の収益が年間で数百億円も追加されることになるでしょう。

著者らは、この「副収入」が核融合発電の経済性を劇的に向上させ、将来的な商業化のハードルを大きく下げると主張しています。

「核融合炉錬金術」の課題

「核融合炉錬金術」の課題
「核融合炉錬金術」の課題 / Credit:Canva

核融合炉で金を大量生産するというMarathon Fusion社の提案が実現すれば、核融合発電の経済性に劇的な変化をもたらす可能性があります。

もっとも、この「現代の錬金術」を実用化するには乗り越えるべき課題も少なくありません。

例えば、核融合炉で大量の金を生産するには、それ自体が猛毒である水銀をたとえば1500 MWth炉の設計例では約200 tの90 at% 198Hgを投入しており、1 GWth級炉では100~300 t級の水銀が必要になります。

水銀の使用や管理は国際条約(いわゆる「水俣条約」)で厳しく規制されており、安全管理面でのハードルは高いです。

Marathon Fusion社は「このプロセスは有害な水銀を無害な金に永久転換する廃棄物処理にもなり得る。既存の政府備蓄水銀を活用できる可能性がある」とアピールしていますが、実現に向けては社会的合意や規制当局との調整が不可欠でしょう。

また前提となる核融合発電そのものも、まだ実用段階には至っていません。

世界各国で核融合炉の研究開発が進められていますが、投入エネルギーより取り出せるエネルギーが上回る「ブレークイーブン」達成もごく最近のことで、商用炉の完成にはなお多くの技術的ブレークスルーが必要とされています。

今回の成果も現時点ではシミュレーション上の提案に過ぎず、論文も査読前のプレプリント段階です。

しかし専門家の注目も大きくなっています。

カリフォルニア大学バークレー校原子核工学特任教授でMarathon Fusion科学顧問のPer F. Peterson博士は「Marathon Fusion社が開発しているこの新しい技術アプローチは、エネルギー源としての核融合に対する考え方を根本的に変えるものです。」と述べています。

またCommonwealth Fusion Systemsの元CTOでありMarathon Fusionの科学顧問のDan Brunner博士は「今回発表された技術は、完全に実現され、将来の発電所に統合されれば、核融合エネルギーの経済性に大きな影響を与える可能性があります。経済性の向上により、工学的および科学的要件の一部がさらに緩和され、商業展開への道が加速する可能性があります。これは非常に大きなインパクトをもたらす可能性があり、私は厳格な査読結果を注視していきます。」と述べました。

またプリンストン・プラズマ物理学研究所(PPPL)主任研究物理学者のAhmed Diallo博士(Marathon Fusion科学顧問)は「核融合中性子を利用したスケーラブルな金の変換法の発見は、技術経済の状況を根本的に変える可能性があります。Marathon Fusionの画期的な成果、すなわち核反応による商業規模の金合成は、核融合経済を再定義し、次世代発電所に必要な資金を解放する可能性があります。」と述べました。

慎重に見るべき点は多いものの、それでもこの壮大な発想は科学界や技術業界で大きな話題を呼ぶでしょう。

古代の夢と先端テクノロジーが融合したこの構想は、エネルギー史の転換点となり得るのでしょうか?

今後、研究チームによるさらなる検証と実証実験の成功によって、この錬金術が本当に現実のものとなる日が訪れることを期待したいです。

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元論文

Scalable Chrysopoeia via  (n,2n) Reactions Driven by Deuterium-Tritium Fusion Neutrons
https://doi.org/10.48550/arXiv.2507.13461

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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