トリノの聖骸布は本当に「イエス・キリスト」を包んでいたのか、科学的に検証

歴史・考古学

イエス・キリストの遺体を包んでいたと噂される「トリノの聖骸布(Holy Shroud)」は、長年にわたり信仰と科学の間で論争の的となってきました。

その神秘的な布には、磔刑(たっけい)を受けたとみられる男性の全身像が浮かび上がり、多くの信者にとって聖なる存在であり続けています。

しかし一方で、それは本当にキリストの遺体を包んだ布なのでしょうか?

最新の3Dモデリング研究により、その起源に新たな視点が投げかけられました。

それによると、布に写る像は人間由来のものではなく「浅浮き彫りの像」から転写された可能性が高いというのです。

果たして、聖骸布の正体とは何なのでしょうか?

研究の詳細は2025年7月28日付で科学雑誌『Archaeometry』に掲載されています。

目次

  • 「トリノの聖骸布」とは何なのか?
  • 布に写っているのは「浅浮き彫りの像」だった?

「トリノの聖骸布」とは何なのか?

「トリノの聖骸布」は、イタリア北部の都市トリノにある聖ヨハネ大聖堂に保管されている長さ約4.3メートル、幅約1.1メートルの亜麻布です。

布には磔刑を受けたとされる男性の前面と背面の姿が、まるでネガ写真のように浮かび上がっています。

このため中世以来、「これはイエス・キリストの遺体を包んだ聖なる布ではないか」と信じられてきました。

画像
トリノの聖骸布/ Credit: ja.wikipedia

布の存在が歴史に登場するのは1354年のフランス・リレでの展示からとされており、その直後から「偽物では?」という疑念が持たれていました。

1988年には、オックスフォード大学、チューリッヒ連邦工科大学、アリゾナ大学の3つの研究所によって、放射性炭素年代測定が実施されました。

その結果、聖骸布は西暦1260〜1390年頃、つまり中世に作られたものである可能性が高いとされ、イエスの時代(紀元1世紀)からは明らかに時代がずれていることが判明しました。

しかしこの測定には異論もあります。

測定に使われた部分が実際には修復された後の布だった可能性や、布に微生物の汚染があったことが議論されています。

そのため、「放射性炭素測定だけでは判断できない」とする研究者も少なくありません。

また、像の描写についても研究が進められました。

布に付着した血痕とされる赤い染みは、仰向けで寝かされた人間の血流パターンと一致しないとされ、むしろ後から付け加えられた装飾のような不自然さがあるとの指摘もあります。

こうした経緯から、聖骸布は中世の宗教芸術作品であり、信仰の対象として制作された「キリスト教の象徴」ではないかという見方が強まりつつありました。

布に写っているのは「浅浮き彫りの像」だった?

こうした議論に対して、2025年7月に発表された新たな研究が注目を集めています。

この研究を行ったのは、ブラジルの3Dデザイナーで歴史的顔面復元を専門とするシセロ・モライス(Cicero Moraes)氏です。

彼はオープンソースの3Dモデリングソフトを用い、人体モデルと浅浮き彫り像の2種類を用意し、それぞれに布を仮想的にかぶせて、どのような像が転写されるかを比較検証しました。

その結果、三次元の人体に布をかけた場合、布は立体構造に沿って変形し、転写される画像は幅広く歪んだものになりました。

これは「アガメムノンのマスク効果」と呼ばれる現象で、3Dの物体を平面に押しつけたときに生じる特徴的な歪みです。

一方で、浅浮き彫り(低浮彫)の像に布をかけた場合、布は接触部分にだけ像を転写し、布に現れる画像は歪みが少なく、まるでコピー機で写したような自然な印象となりました。

この浅浮き彫りモデルによって得られた印影は、1931年に撮影された聖骸布の写真と非常によく一致していたのです。

画像
黒色:人体にかけたシミュレーションとそこからできる布模様、灰色:浅浮き彫り像にかけたシミュレーションとそこからできる布模様。結果、浅浮き彫りの方が実際の「トリノの聖骸布」に近い/ Credit: Cicero Moraes., Archaeometry (2025)

モライス氏は「聖骸布に見られる画像は、浅浮き彫りの像に布をかけたときに得られる接触パターンときわめて近い」と結論づけ、「これは3Dの人体ではなく、木、石、あるいは金属製の彫像をもとにした可能性が高い」と述べています。

この研究は聖骸布の正確な年代や材料を特定するものではありませんが、少なくとも布に写る像が「人間の遺体を包んで自然に生じたものではない」ことを強く示唆しています。

そして中世ヨーロッパにおいては、宗教的な人物を浅浮き彫りで描く技法──たとえば墓碑彫刻──が広く用いられていたことからも、聖骸布はそうした文脈で制作された可能性が高まっています。

トリノの聖骸布は、見る者によって「神の証」であり、「歴史の芸術」であり、あるいは「未解決の謎」でもあります。

今回の研究により、「イエスの遺体を包んだものではなく、宗教的意図を持った芸術作品だった可能性」が改めて示されました。

とはいえ、その神秘的な存在感と長い歴史が、人々の心に訴えかけてくることに変わりはありません。

科学は、布の真偽を明らかにする手がかりを一つひとつ積み上げていきます。

しかし最後にそれをどう捉えるかは、私たち自身の信仰、想像力、そして好奇心に委ねられているのかもしれません。

全ての画像を見る

参考文献

Shroud of Turin wasn’t laid on Jesus’ body, but rather a sculpture, modeling study suggests
https://www.livescience.com/archaeology/shroud-of-turin-wasnt-laid-on-jesus-body-but-rather-a-sculpture-modeling-study-suggests

3D models hint Shroud of Turin matches a medieval sculpture, not a ‘real human body’
https://interestingengineering.com/culture/shroud-of-turin-matches-a-medieval-sculpture

元論文

Image Formation on the Holy Shroud—A Digital 3D Approach
https://doi.org/10.1111/arcm.70030

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

タイトルとURLをコピーしました