好きになる基準は人により様々ですが、大きく分けて「中身重視か、外見重視か」、という議論になることがよくあります。
実際どちらを重視する人が多いのかを調査した心理学研究もありますが、そこでは男性は外見を、女性は性格や安定性をより重視する傾向があると報告されています。
こうした恋愛観の性差は、進化の観点からも広く知られています。
しかしアメリカのローズ大学(Rhodes College)の心理学者シエラ・D・ピーターズ(Sierra D. Peters)氏らの研究チームは、どんな相手を求めるかの傾向は、性別ではなく「性欲(sexual desire)」の状態で変化するのではないかと考え、改めて調査を行いました。
すると非常に興味深い傾向が見つかったという。
この研究の詳細は、2025年6月付けで科学雑誌『Journal of Experimental Social Psychology』に掲載されています。
目次
- 恋愛相手を選ぶとき何を重視するのか?
- あえて相手に性欲を持たせないことが恋愛戦略になる?
恋愛相手を選ぶとき何を重視するのか?
人は恋愛のパートナーを選ぶときに、何を重視するのか?
こうした疑問については、心理学や進化生物学で長年研究されてきました。特に進化心理学の分野では、男性は生殖に適した健康的な相手を本能的に好むため、若さや外見を重視する。一方、女性は子育てや生活の安定を見越して、経済力や誠実さといった資源的価値を重視するという考え方が広く知られています。
確かに、心理学調査などでも統計的にそうした傾向が観察されています。たとえば過去の国際調査では、理想の結婚相手に「容姿の良さ」を挙げる割合は、男性の方が女性よりも一貫して高くなる傾向が報告されています。
しかし、このような違いは本当に「性別そのもの」によるものなのでしょうか。誰かを魅力的だと感じる基準は、いつも同じなのでしょうか。たとえば、恋愛モードに入っている時と、そうでない時で、人は同じように相手の外見を評価するのでしょうか。
今回の研究チームは、こうしたパートナー選びに見られる「性差」に疑問を投げかけました。彼らが注目したのは、恋愛感情や欲望の根底にある「性欲(sexual desire)」という心理的な動きです。性欲とは、生理的な衝動だけでなく、誰かに性的な魅力を感じて心が動くこと全般を指します。
研究チームは、「人が相手に求める条件は、そのときの心理状態によって変わるのではないか」という仮説を立てました。特に、外見重視かどうかという選好は、性欲がどれだけ強くなっているかに左右される可能性があると考えたのです。
この仮説を検証するために、研究ではまず554名の米国人成人を対象に、理想の結婚相手に求める要素を調査しました。参加者は「魅力的な外見」「共感力」「収入や地位」「創造性」といった要素にポイントを振り分ける課題に取り組みました。これは、限られたポイントで「理想の相手の性格パラメータを作成する」という、ゲーム形式の設定です。
併せてこの研究では、参加者に性欲を測定するための質問票に答えてもらい、外見重視の傾向と性欲の強さとの関係を分析しました。
結果、確かに既存の研究と同様に、男性は女性よりも外見に多くのポイントを割り振る傾向がありました。しかし興味深いのは、今回の研究では性別に関係なく性欲の強い人ほど、より外見を重視するという明確な相関が見られたことです。
しかしこれだけでは、「性欲が強い人は外見重視」という相関があるだけで、因果関係ははっきりしません。つまり、「外見を重視する人が性欲も強いだけでは?」という見方もできてしまいます。
そこで研究チームは次のステップとして、性欲を実験的に喚起することで選好がどう変わるかを確かめる追試験を実施しました。
この実験では、1,000人以上の大学生を無作為に2つのグループに分けました。一方のグループには、過去に「非常に性的に惹かれた体験」を思い出して書いてもらいました。これは、脳の中で性欲を活性化させる「プライミング」という心理的手法です。もう一方のグループには、中立的な課題として「最近うれしかった出来事」を書いてもらいました。
その後、両グループに再び理想の相手にポイントを割り振る課題を行ってもらい、性欲が喚起された状態とそうでない状態で、相手への評価がどう変わるのかを比較しました。
すると、性欲を喚起されたグループでは、特に女性の外見重視が大きく高まるという結果が出たのです。コントロール群では外見に割り振るポイントが低かった女性も、性的記憶を想起したあとは、男性とほぼ同じ割合で外見にポイントを割り振るようになりました。
この変化は、男性よりも女性の方が顕著で、「女性は性欲によって評価の軸そのものが変わる」という可能性を強く示唆しています。
また、追加の分析では、相手を「性の対象とはみなさない」ように指示した場合、参加者たちは再び外見よりも性格や誠実さを重視する傾向に戻りました。つまり、性欲が伴わなければ、人は中身を重視しやすいというわけです。
このように、ダン氏らの研究は、恋愛相手に対して「男性は見た目重視、女性は中身重視」という単純な傾向ではない、人間の恋愛観の柔軟さと心理的な変化の影響を浮き彫りにしたのです。
こうした発見は、今後の恋愛戦略に活かせるかもしれません。
あえて相手に性欲を持たせないことが恋愛戦略になる?
この研究から最も注目すべき発見は、「外見をどれだけ重視するかは、そのときの性欲の高まりによって変化する」という点です。
ではなぜ、男性はいつでも比較的一貫して外見を重視し、女性は性欲が喚起されたときにだけ見た目に注目するようになるのでしょうか。
研究者たちは、これを「性欲が“進化的なスイッチ”として働く可能性がある」と解釈しています。私たちの心は、恋愛やパートナー選びの場面で「今はどんな目的で相手を探しているのか?」という状態に応じて、価値判断のモードを切り替えていると考えられるのです。
たとえば、性欲が強くなっている状態では、生物学的・本能的に“性的魅力=繁殖の適応度”が重要視されやすくなり、見た目がその判断材料として強く機能するのです。これは男女共通の心理ですが、男性は常に性欲が高い傾向があり、また脳の報酬系が視覚刺激に強く反応するという神経科学的な背景もあります。
そのため、男性は基本的に見た目重視に傾きやすいのだと考えられます。
一方、女性は普段は「誠実さ」「信頼性」など長期的視点での判断を優先する傾向がありますが、性欲が刺激されたときには、見た目=身体的な魅力への感度が一時的に高まるのです。これは、進化的には「性的に引きつけられる相手との短期的関係の可能性を評価している」状態と考えられます。
またこの結果は、普段から比較的性欲が高い状態の男性に比べ、女性の方が考え方に対して性欲から受ける影響が大きいということも意味していると考えられます。
ここで重要なのは、「私たちはいつも一貫した価値基準で人を見ているわけではない」ということです。心の状態が変わると、相手を見る基準そのものも変わってしまう。この柔軟さこそが、今回の研究が明らかにした大きなポイントです。
では、これが私たちの日常の恋愛にどう関係してくるのでしょうか?
たとえば、見た目に自信がある人にとっては、相手の性欲が高まるような状況をうまく活かす戦略が有効かもしれません。肌の露出が多くなる海やプールでのデート、ロマンチックな恋愛映画、密室での距離感など、性欲が喚起されやすい環境では、相手の価値判断が見た目寄りになる可能性があるのです。
逆に、自分の魅力は内面にあると感じている人や、誠実さや信頼を重視してほしいと願う人にとっては、相手が冷静に判断できるような心理状態で接するほうが有利かもしれません。たとえば、昼間のカフェや散歩など、視覚的刺激や性的テンションがあまり高くならない場面を選ぶことは、相手に中身を見てもらうチャンスを増やします。
この研究は、「こうすれば恋愛がうまくいく」という恋愛マニュアルを提示しているわけではありませんが、恋愛の判断は思っているよりずっと一時的な気分に左右されやすいのは確かなようです。
いつもは誠実さを重視しているのに、なぜかそのときだけ見た目のいい相手に心を奪われた――という出来事があるとすれば、それは「性欲という心の状態が基準を一時的に切り替えた」と言えるでしょう。
私たちの心は、状況や気分で簡単に“恋愛モード”が変化します。そのことを理解しておくだけで、自分自身の気持ちにも、人との関係にもついても、ずっと理解しやすくなるかもしれません。
参考文献
Fascinating new research reveals how sexual desire shapes long-term partner preferences
Fascinating new research reveals how sexual desire shapes long-term partner preferences
https://www.psypost.org/fascinating-new-research-reveals-how-sexual-desire-shapes-long-term-partner-preferences/
元論文
The evolved psychology of mate preferences: Sexual desire underlies the prioritization of attractiveness in long-term partners
https://doi.org/10.1016/j.jesp.2025.104791
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部