思春期の若者に正しい性の知識さえ教えれば、きっとコンドームを使ってくれる――そんな常識をくつがえす研究結果が報告されました。
アメリカのノースカロライナ州立大学(NCSU)を中心とした複数機関の研究チームによって、10代のコンドーム使用率の高さには性知識の豊富さはほとんど関係がなく、代わりに別の3つの要因が強く影響していることが明らかになったのです。
具体的には、性知識の豊富さと10代のコンドーム使用率の相関係数は「-0.03」となりこれは「平均的にほぼゼロ、統計的にも有意でない」と解釈されます。
知識がコンドーム使用率と相関しないならば、これからの性教育はどうすればいいのでしょうか?
そして新たにみつかった3つの要因とはどんなものだったのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年3月1日に『JAMA Pediatrics』にて発表されました。
目次
- 性知識さえあればコンドーム使用率が増えるのか?
- 初体験の選択がコンドーム使用率に最も相関する
- 性知識に頼る性教育の限界
性知識さえあればコンドーム使用率が増えるのか?

コンドームは性感染症(STI)予防と避妊の両方に有効な唯一の方法です。
しかし現実には、米国の高校生を含む思春期の若者のうち約半数は直近の性行為でコンドームを使用していません。
ある調査では、性的に活発な米国の10代のうちわずか52%しか最後の性交時にコンドームを使ったと報告されています。
その結果、若年層における性感染症の増加や予期せぬ妊娠が社会的な懸念となっています。
こうした現状を受け、学校や家庭での性教育では正しい知識を教えることに重きがおかれ、「知識があれば安全な行動に結びつくはずだ」という考えが一般的でした。
しかし知識だけでは行動が変わらない場合もあることは以前から示唆されており、具体的にどのような要因が10代のコンドーム使用習慣に影響を与えるのかは必ずしも明確ではありませんでした。
そこでウィドマン氏ら研究チームは、「思春期の若者がコンドームを使うかどうかを最も強く左右する要因は何か」を突き止めるため、過去約25年分の研究データを総合的に分析することにしました。
果たして知識はコンドームの適切な使用と相関していたのでしょうか?
初体験の選択がコンドーム使用率に最も相関する

研究チームは2000年1月から2024年2月に発表された関連研究を幅広く検索し、条件を満たした249本の研究(延べ約25万1713人の米国の10代)のデータを統合して分析しました。
対象となった10代の平均年齢は16歳前後で、男女や人種、性的指向など多様な背景が含まれています。
解析では、過去の研究で指摘されていた36種類の心理社会的要因がどの程度コンドーム使用と関連するかを検証しました。
その結果、36要因中23種類についてはコンドーム使用との間に有意な関連が認められたものの、なかでも特に強い相関を示したのが以下の3つです。
最も相関が強かったのは「初回の性体験でコンドームを使ったかどうか(相関係数0.47)でした」。
最初の性交時にコンドームを使用した10代は、その後も一貫してコンドームを使い続ける可能性が高いことが分かりました。
2番目に相関が強かったのは「コンドームを使おうという意図・計画性(相関係数0.42)」でした。
日頃から「セックスではコンドームを使う」と意図している10代ほど、実際にコンドームを使用する傾向が強く見られたのです。
3番目に相関が強かったのが「パートナーとのコミュニケーション(相関係数0.41)」でした。
性交渉の前に相手とコンドームについて話し合える10代ほど、コンドームを使用する率が高いことが明らかになりました。
いずれも相関係数がおおむね0.4〜0.5程度と比較的強い関連が示され、年齢や性別、性的指向を問わず同様の傾向が見られたのです。
一方、多くの性教育プログラムで重視されている「正しい性知識」(避妊やSTI予防に関する知識)については、コンドーム使用との関連がほぼ見られませんでした。
具体的には、性知識の豊富さと10代のコンドーム使用率の相関係数は「-0.03(95 % 信頼区間が −0.10 〜 0.05 )」となりこれは「平均的にほぼゼロ、統計的にも有意でない」と解釈されます。
統計的にも有意な関連がなく、相関係数がほぼ0であることが報告されています。
ウィドマン氏は「知識を与えるだけでは人の行動は変えられない」と指摘し、情報中心の教育だけでは限界があると述べています。
性知識に頼る性教育の限界

今回の研究は、過去20年以上にわたる性教育の常識を見直す重要な契機となりました。
知識は必要条件ではあっても、それだけでは十分条件にならないのです。
どんなに「泳ぎ方」を知っていても、実際に水に入って練習しなければ泳げるようにならないのと似ています。
性交渉でも、知識があるだけでは「いざというとき」にコンドームを使う行動には直結しにくいというわけです。
コンドームを買っておく、使おうとする強い意思を持つ、相手と話し合うスキルなど、具体的な行動面でのハードルを越える力が欠かせません。
特に今回明らかになった3つの要素はいずれも実践的で対人的なスキルや態度に関わっており、初めての性体験でコンドームを使えるかどうかは事前準備や周囲の適切な働きかけによって変わり得ます。
研究者たちは「初めて性交渉を持つ前の段階」での早期介入の重要性を強調しています。
最初の一回でコンドームを使用する経験を持てれば、その後も使い続ける習慣が身につきやすくなるからです。
また、パートナーと率直に話し合うコミュニケーション能力も鍵となる以上、性教育の現場でそうした対人スキルを養う訓練の必要性も浮き彫りになりました。
自己効力感(自分がコンドームを使えると信じる力)も先行研究などで有効性が示唆されており、実際の行動を支える重要な要素と考えられます。
若者が安心して相談できる雰囲気作りやロールプレイ演習など、実践的なプログラムが期待されるでしょう。
性教育カリキュラムの改善にあたっては、情報の詰め込みだけでなく「初体験への備え」を含めた実践的なシナリオ指導や、コミュニケーション力を高める取り組みが有用かもしれません。
コンドーム自体は安価で手に入りやすい道具ですが、それを実際に使える環境や心構えをどう育むかが課題です。
もちろん、性行動は個人の価値観や関係性、その場の状況など多様な要因に影響されます。
コンドーム使用の習慣も常に一定ではなく、将来の社会的環境によって変わる可能性があります。
それでも、科学的根拠に裏付けられた強い関連要因に注目して支援することは、これまで手探りだった性教育を実効性のあるものに進化させる大きな一歩になるでしょう。
研究チームは「今回明らかになった最も強力な関連要因を活用することで、若者の性的意思決定に関する理論を洗練し、より的を絞ったエビデンスベースの介入策につなげられる」と結論づけています。
元論文
Identifying the Strongest Correlates of Condom Use Among US Adolescents
https://doi.org/10.1001/jamapediatrics.2024.5594
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部