イヌイット語には本当に「雪」の語彙が多いのか、調査した結果…?

人文学

「イヌイットの言葉には雪に関する言葉が多いのか?」

これは古くから議論されている言語文化の問題です。

これまでは「イヌイット語には雪の単語が何十個もある」とか、反対に「イヌイット語の雪の言葉が多いというのは大嘘である」といった真逆の主張がなされてきました。

では結局、どちらの意見が正しいのでしょうか?

豪メルボルン大学(University of Melbourne)が新たに調査した結果、雪に関する語彙が世界で最も多いのは確かにイヌイット語であることが確かめられたのです。

またこれと別に、世界の中で日本で最も多い言葉についても明らかになっています。

研究の詳細は2025年4月10日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されました。

目次

  • イヌイット語は本当に「雪」の言葉が多いのか?
  • 日本が最も多い言葉は?

イヌイット語は本当に「雪」の言葉が多いのか?

「イヌイット語には雪を表す語が50語ある」といった話を聞いたことがある方も多いかもしれません。

この主張は、言語と文化の密接な関係を象徴するエピソードとして語られる一方で、一部の言語学者たちの間では「大エスキモー語彙詐欺(Great Eskimo Vocabulary Hoax)」と呼ばれ、過度な誇張だとされてきました。

言語は、それを話す人々の世界を映し出す窓のようなものです。人々が日々何を大切にし、どのような体験をしているのかが反映されています。

そのため、異なる言語が異なる語彙領域に焦点を当てているのは不思議なことではありませんし、雪国で暮らす人々が雪を細かく区別することは自然なことに思えます。

ですが、それが本当に他の言語と比べて語彙的に特異な現象なのかは、これまで科学的には検証されてきませんでした。

そこで研究チームは今回、この問題を定量的に解明すべく、大規模な言語データの分析に乗り出しました。

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Credit: canva

チームは、英語と616の異なる言語との間の翻訳を扱う二言語辞書1574冊をデジタル化したデータセットを構築。

その上で、各言語において「snow(雪)」に対応する語がどれほど頻繁に現れるかを集計し、比較しました。

分析の結果、616言語中「雪」に関する語彙が最も多かったのは、カナダのエスキモー系民族のイヌイットにより広範に話される「イヌクティトゥット語」であることが判明したのです。

同じくカナダ西部やアラスカ北部の他のイヌイット語も上位にランクインしており、多雪地域では雪関連語彙が非常に発達していることが確認されました。

例えば、「kikalukpok」は「固い雪の上を音を立ててうるさく歩くこと」、「apingaut」は「初雪」、「qanittaq」は「細かい雪」など、雪の状態やタイミング、音に関する微妙な違いを表現する語が多数存在していたのです。

この結果は、長年誇張されていると見なされていた「イヌイットの雪語彙の多さ」が、実際には他の言語と比べても際立っていることを示す科学的な裏付けとなりました。

また、アラスカの他の言語(アセナ語や中央アラスカ・ユピク語)、さらには日本語やスコットランド語も「雪」に関する語彙が多いグループとして確認されています。

さらにチームは雪以外の言葉に関するランキングも調べました。

日本が最も多い言葉は?

たとえば「馬(horse)」という概念では、フランス語、ドイツ語、カザフ語、モンゴル語が上位に入りました。

モンゴル語の「аргамаг」は「優れた競走馬・乗馬用の馬」を意味し、「чөдөрлөх」は「馬をつなぐ(足かせをかける)」という意味です。

それから他にも、「愛」に関する語多いのはヒンディー語であり、日本語では「義務」や「責任」に関連する語が世界で最も多いことが明らかになりました。

これは責任感の強い日本の民族性が言葉に反映されていることを物語っています。

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Credit: canva

このように、「雪」に関してスコアが高かった言語はすべて雪の多い地域で話されていたり、「馬」に関してスコアが高かった言語は馬を日常的によく扱う地域で話されていましたが、一方で「雨」に関してスコアが高かった言語は、必ずしも世界でもっとも雨の多い地域に限定されていませんでした。

たとえば、南アフリカは降雨量が中程度の地域ですが、この地域の言語であるニャンジャ語、イースト・ター語、ショナ語には、雨に関連する語が多数存在していたのです。

これについて研究者らは「雪とは異なり、雨が人間の生存にとって非常に重要であるため、たとえ雨が降っていなくても人々は雨について話す必要があるからでしょう」と話しています。

要するに、雨が全然降らない地域に住む人々は「雨が降ってほしい」と願うからこそ、雨に関する言葉も増えていたというわけなのです。

このように、それぞれの地域ごとの言語は、その地に暮らす人々の日常生活や宗教、文化的儀礼と深く結びついていることが改めて確かめられました。

普段何気なく使っている日本語の中にも、気づかないだけで、私たちの文化や思想の記憶が刻まれた語彙があるのかもしれません。

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参考文献

Do Inuit languages really have many words for snow? The most interesting finds from our study of 616 languages
https://findanexpert.unimelb.edu.au/news/102369-do-inuit-languages-really-have-many-words-for-snow%3F-the-most-interesting-finds-from-our-study-of-616-languages#:~:text=But%20our%20results%20suggest%20the,high%20scores%20for%20%E2%80%9Csnow%E2%80%9D.

元論文

A computational analysis of lexical elaboration across languages
https://doi.org/10.1073/pnas.2417304122

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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