ブラックホールは「ホワイトホール」に変化する可能性がある

ブラックホール

イギリスのシェフィールド大学(University of Sheffield)で行われた研究によって、ブラックホールは「ホワイトホール」に変化し、物質、さらには時間さえも宇宙に放出する可能性が示されました。

ブラックホールといえば、何もかもを呑み込み、中心の特異点で物理法則が破綻してしまう厄介な天体というイメージを持つ方が多いでしょう。

しかし、量子力学の視点で詳しく分析してみると、その内部には“跳ね返り”のメカニズムが見えてくるといいます。

もしそれが本当なら、ブラックホールは見かけ通りの“最終ゴミ捨て場”を超えた新しい姿が浮かび上がってくるのです。

論文著者のギーレン氏は「観測者がブラックホールの特異点と考える場所を通過して、ホワイトホールの反対側に現れる可能性があります」と述べています。

果たして、この“ブラックホールからホワイトホールへの変化”は本当に起こり得るのでしょうか?

研究内容の詳細は『Physical Review Letters』にて発表されました。

目次

  • 量子重力が描く“ブラックホールの真実”とは
  • ブラックホールはホワイトホールに変化する
  • ビッグバンもホワイトホール? 入れ子宇宙の可能性

量子重力が描く“ブラックホールの真実”とは

量子重力が描く“ブラックホールの真実”とは
量子重力が描く“ブラックホールの真実”とは / Credit:Canva

ブラックホールは、まるで宇宙が自らのルールを拒むかのような壮大なパラドックスです。

一般相対性理論によれば、ブラックホールに近づくと空間の体積は劇的に縮小し、ある地点ではゼロにまで落ち込みます。

同時に、時空の曲率――すなわち空間そのものの歪み――は無限大に達するのです。

これは、あたかも宇宙のエンジンが暴走し、物理法則そのものが破綻してしまうかのような状況を意味しています。

実際、1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発表した直後から、この「特異点」という現象は科学者たちの間で議論の的となりました。

逸話によれば、アインシュタイン自身も自分の理論が示すこの極限状態に戸惑い、「もしこの結果が正しければ、私たちの物理学は根本から覆される」と危惧したと伝えられています。

さらに、20世紀後半にロジャー・ペンローズやスティーブン・ホーキングが示した特異点定理は、ブラックホール内部に避けがたい「崩壊点」が存在することを理論的に裏付け、学界に大きな衝撃を与えました。

言い換えれば、現在の古典的な重力理論だけでは、どうやら私たちの宇宙の極限状態にうまく対応できない、という大きな宿題を突きつけられているのです。

このような背景から、クラシカルな理論ではブラックホールの中心部がまるで「禁断の領域」のように扱われ、そこでは通常の物理法則が通用しなくなると考えられていました。

一方で、素粒子や原子など微小な世界を扱う量子力学の枠組みは、情報の保存や時間の連続的な進化(ユニタリティ)を重視します。

この量子力学と重力理論の統合が「量子重力」であり、特異点をどう扱うかはその核心的な課題の一つです。

もし特異点をそのまま受け入れてしまうと、時空そのものが途切れてしまい、量子論が前提とする「連続した状態の進化」がうまく維持できない可能性があるからです。

とりわけ興味深いのがブラックホール内部です。

古典論では、観測者がブラックホールに落ち込み始めてから中心に到達するまでが有限時間で済んでしまい、そこから先は理論が“お手上げ”状態になります。

しかし、果たしてそこで本当に曲率が無限大になるのか、それとも量子の世界では別のシナリオが開けているのか、ブラックホールに呑み込まれた情報はどうなるのか、特異点という「最終ゴミ捨て場」は本当に存在するのか。

こうした問いを突き詰めると、特異点がそもそも形成されない“回避メカニズム”が潜んでいるのではないか、という可能性に行き着きます。

そこで今回シェフィールド大学(University of Sheffield)の研究者たちは、このブラックホール内部の特異点を量子重力の視点から再検討することにしました。

すると予想を上回る驚きの結果が得られます。

ブラックホールはホワイトホールに変化する

ブラックホールはホワイトホールに変化する
ブラックホールはホワイトホールに変化する / Credit:Canva

ブラックホール内部の特異点を量子重力的にみるとどうなるのか。

調査にあたってはまず、解決すべき問題を絞ることから始められました。

一般相対性理論では、ブラックホール内部の時空は、数え切れないほど多くの要素(ピース)で構成されており、すべてを一度に考えるのはほぼ不可能です。

そこで科学者たちは、「この中で本当に大切な部分はどこだろう?」と問い、ブラックホール内部の核心的な特徴、たとえば全体の体積や空間の歪みといった数個の重要な変数だけに注目しました。

つまり、膨大な情報の中から、本質を捉えるために必要最小限のピースだけを選び出し、シンプルなモデルとして扱ったのです。

この方法は、決して雑な近似や適当な単純化ではありません。

むしろ、ブラックホール内部のような極めて複雑なシステムの本質的な性質、例えば全体の体積の変化や時空の歪みといったキーポイントに焦点を絞ることで、解析可能な形に整理する非常に有効なアプローチです。

実際、1960年代にジョン・ウィーラーたちが、無限の可能性を持つ時空の状態全体(スーパー空間)から宇宙の大まかな膨張や縮小という基本的な動きを捉えたのも同様の手法だといえます。

問題が絞られると、次に研究者たちはブラックホールに量子力学を適用し、ブラックホール内部の状態を波動関数で書き表すことを目指しました。

ここで重要なのは、ブラックホール内部を量子力学で記述するとき、情報が「消えてしまわない」ように、すべての時間の流れが連続的かつ一貫していることを求める点です。

たとえば、古典物理をベースにした解釈では、ブラックホール内部に突入すると、まるで映画のワンシーンで主人公が突然崖から転落して物語が途絶えるように、時間の流れが突然切れてしまいます。

しかし、量子力学ではこのような断絶は起こらず、すべての瞬間がスムーズに繋がっており、情報が突然喪失することはありません。

そこで研究者たちはブラックホールの内部の状態を、このような量子力学をベースにしたモデルへと書き直したのです。

具体的には、ブラックホールの中心部をできるだけシンプルに把握するため、「カスナー型時空」という簡略モデルを採用しました。

さらに、このモデルに「ユニモジュラー時間」という特別な“時計”を導入し、量子力学(小さな粒子の世界の法則)を使って解析を進めたのです。

すると、普通なら「特異点」という何もかもが押しつぶされる“終点”や、「ホライズン」という入り口・境界があるはずの場所が、なんと“バウンス領域”――つまり“跳ね返り”が起きる場に置き換わることがわかりました。

イメージとしては、ボールが地面に落ちるときに、そのまま地面に飲み込まれて終わりではなく、弾んで跳ね返るようなものです。

ブラックホールの中心で重力がぎゅうぎゅうに押しつぶすはずが、量子の効果で逆向きに跳ね返る動きが発生し、結果としてホワイトホール(物質や情報を外へ放出するような存在)へと繋がるかもしれない、という可能性が浮かび上がりました。

これは、従来の理論では「特異点で終わり」と考えられていたブラックホールの姿を、大きく塗り替えるかもしれない大胆なシナリオだといえます。

つまり、内部では本来ブラックホールに吸い込まれるべき状態が、時間反転的な進化を経て、ホワイトホールの性質を帯びた状態に切り替わるのです。

ブラックホール内部で物体がまっすぐ落ちていくのではなく、何かしらの「跳ね返り」作用によって逆方向に進むことで、情報が失われずに保存され、連続的な進化が保証されます。

結果として、ブラックホール内部は、内向きの状態(ブラックホール状態)と反転した外向きの状態(ホワイトホール状態)が重なり合った、時間反転的な進化が見られる領域になるわけです。

片方がすべてを呑み込む“ブラックホール”の動き、もう片方が吐き出す“ホワイトホール”の動きが、量子的には同時に存在しているかのような状況といえます。

例えるなら、一枚の紙に描いた滝の絵と、逆に空へ上っていく噴水の絵が、透明なシートを重ねたように二重写しになっているようなものです。

古典論では「滝が下へ落ちる」か「噴水が上へ噴き出す」かのどちらかしかありません。

しかし、量子論ではこのふたつが重なり合い、観測の仕方や境界条件によって一方の性質が表に出る――そんな不思議なイメージが見えてきます。

さらに論文著者のギーレン氏は「観測者がブラックホールの特異点と考える場所を通過して、ホワイトホールの反対側に現れる可能性があります」とより大胆な仮説も提示しています。

もちろん、実際のブラックホールはもっと複雑で、ホーキング放射による蒸発などの外側の要素も考慮が必要です。

それでも、このモデルが示すバウンス現象や重ね合わせ状態は、ブラックホールの内部構造が私たちの想像以上にダイナミックで、情報喪失問題や特異点問題に対して思い切った解決策を用意している可能性を示唆します。

そこで問題になるのが、このようなホワイトホールをどう解釈すべきかという点です。

ビッグバンもホワイトホール? 入れ子宇宙の可能性

ビッグバンもホワイトホール? 入れ子宇宙の可能性
ビッグバンもホワイトホール? 入れ子宇宙の可能性 / Credit:Canva

一つの考え方として、ビッグバンがホワイトホールである、あるいは「私たちの宇宙はホワイトホール的な振る舞いをしている」という仮説があります。

ブラックホールがすべてをのみ込む“入り口”とされる一方、ホワイトホールは理論上“何もかもを吐き出す出口”のような性質を持つため、「ビッグバンもホワイトホールのような振る舞いをしたのでは?」という着想が昔から検討されてきました。

たとえば「ブラックホールの内部が何らかのプロセスを経て別の時空に“出口”を形成し、そこでビッグバンのような爆発的な拡張が起こる」というシナリオなどです。

このアイデアをさらに発展させれば、「私たちがブラックホールの内部に住んでいる」という大胆な可能性にもつながります。

ブラックホールの内部では外部とは切り離された時空が広がりうるため、そこが新たな“独立した宇宙”のように振る舞うかもしれない、というわけです。

もっとも、これを実証する手段は現在のところ乏しく、科学的に確立された結論からはまだ遠いと言えます。

しかしながら、今後の量子重力研究や観測の進展により、こうした大胆な発想が新たな形で検証される可能性も否定できません。

ある宇宙は別の宇宙のブラックホールの中にある、というような入れ子構造がもし存在するのだとすれば、私たちが外の世界に気付く日も、いつか訪れるのかもしれません。

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参考文献

Black holes: not endings, but beginnings? New research could revolutionise our understanding of the universe
https://www.sheffield.ac.uk/news/black-holes-not-endings-beginnings-new-research-could-revolutionise-our-understanding-universe

元論文

Black Hole Singularity Resolution in Unimodular Gravity from Unitarity
https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.101501?_gl=1*1ukx4le*_ga*NDc0MDg5NTkwLjE3MjAzOTI3NTM.*_ga_ZS5V2B2DR1*MTc0MjI5NTQ4NS4xMTEuMC4xNzQyMjk1NDg1LjAuMC41Mjc4MjM3NzE.

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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