生まれる前に意識はあるのか?長年の謎に迫る「意識の種」を調査

脳科学

中国の華中師範大学(CCNU)で行われた研究によって、新生児の脳には大人の脳が持つ高度な情報処理の仕組み、いわゆる“スモールワールド”と呼ばれる効率的な結合パターンが存在していることが示されました。

スモールワールドは複雑な認知活動や意識を支える基盤であると考えられています。

この結果は「生まれる前に意識はあるのか?」という根源的な問いに、大きく迫るものと言えるでしょう。

果たして、この“生まれる前の脳の世界”では何が起こっているのでしょうか。

研究内容の詳細は『PANS Nexus』にて発表されました。

目次

  • 世界最大級の新生児MRI解析
  • “意識の種”は生まれる数週間前から急速に発達する
  • 意識の萌芽か、単なるネットワークか――赤ちゃん脳をめぐる新たな視界

世界最大級の新生児MRI解析

生まれる前に意識はあるのか?長年の謎に迫る「意識の種」を調査
生まれる前に意識はあるのか?長年の謎に迫る「意識の種」を調査 / Credit:Canva

私たちの脳は、多くの領域が互いに密につながり合いながら、驚くほど効率よく情報を処理しています。

成人を対象とした神経科学の研究では、この仕組みが「スモールワールド」と呼ばれるネットワーク構造として明らかになってきました。

わずかなステップで脳全体を結びつけながら、機能ごとにまとまりを保つ――この絶妙なバランスが、複雑な認知活動や意識を支える基盤だと考えられています。

ところが、こうした脳の“つながり方”がいつ、どのように形成されるのか――とりわけ、生まれたばかりの赤ちゃんや早く生まれた早産児の段階ではどうなっているのか――については、まだはっきりとわかっていませんでした。

近年、妊娠後期(28週以降)の胎児脳がすでに高い情報処理の準備を始めている可能性が示唆されてはいたものの、早産によって脳の小世界性や高次ネットワークの形成がどれほど影響を受けるのかは、十分な実証データがなく議論が続いていたのです。

これまでにも、新生児を対象としたfMRI研究は幾つか報告されていますが、サンプル数や計測精度の限界によって結果がまちまちでした。

さらに、脳は感覚・運動や注意・実行制御、言語や視空間認知など多面的なネットワークを内包しており、それぞれがどの時期にどのくらい成熟し、早産でどう変化を被るのかを正確に捉えるには、大規模かつ多角的な解析が不可欠です。

そこで今回、研究者たちはDeveloping Human Connectome Project(dHCP)という大規模な新生児fMRIデータベースを活用し、生後すぐの赤ちゃんの脳に小世界構造がどの程度備わっているのか、また正期産児と早産児の間にどのような差異があるのかを包括的に調べることにしました。

こうした大規模データを用いることで、私たちの脳がいつ“意識の原型”ともいえる高度なネットワークを完成させるのか――その核心に迫ろうと試みているのです。

“意識の種”は生まれる数週間前から急速に発達する

研究チームが用いたのは、現在公開されている中で最大規模の新生児fMRIデータベース「Developing Human Connectome Project(dHCP)」です。

ここには正期産児278名、早産児142名が登録されており、早産児については妊娠37週前後の在胎週数相当(TEA)の時期で撮影したグループと、それ以前に撮影したグループに分けて比較しました。

さらに、成人176名のfMRIデータ(Human Connectome Projectより)も解析に含め、合計420名の新生児と照合できるという大規模な研究デザインを実現しています。

ユニークな点として、まず“高解像度・高フレームレート”の3T MRI撮像を活用していることが挙げられます。

通常の新生児研究では、被験者の微小な動き(モーションアーチファクト)の影響が大きな課題となりますが、このプロジェクトでは新生児特有の動きを補正する先進的なアルゴリズムを導入。

さらに、脳の週齢ごとに合わせた構造テンプレートにより、脳領域の位置合わせ(アライメント)を精密に行えるようになりました。

これによって、これまで困難だった新生児の脳機能データを詳細かつ信頼性高く取得できるようになったのです。

研究者たちは、この高品位なデータをもとに、脳全体の領域間の結合を「ネットワーク」として捉え、いわゆるグラフ理論を用いて「スモールワールド」指標を算出しました。

具体的にはクラスタリング係数や特性パス長といった数学的手法を組み合わせることで、それぞれのネットワークがどの程度効率良く情報を分配・統合しているかを評価したのです。

結果は鮮明でした。

生まれる前に意識はあるのか?長年の謎に迫る「意識の種」を調査
生まれる前に意識はあるのか?長年の謎に迫る「意識の種」を調査 / Credit:Huiqing Hu et al . PNAS Nexus (2025)

強固な小世界性を示す指標ϕ(スモールワールド・プロペンシティ)の基準を満たす割合は、成人では100%でした。

一方で正期産児では97.8%、在胎週数相当(TEA)で撮影された早産児では90.3%、在胎週数前に撮影された早産児では72.9%となりました。

(※在胎週数相当(TEA)とは、赤ちゃんが本来お母さんのお腹の中で育つべき期間に基づいて、その成長度合いを評価する基準です。たとえば、早産で生まれた赤ちゃんが実際にどれだけ成長しているかを、まるでお腹の中にいたかのように考えることができます。これにより、生まれた日数ではなく、理想的な出産時点での発達状態を基に比較することが可能になります。)

この数値から、正期産児は生まれた直後から、小世界構造が大人ほどではないにせよ、かなりはっきりと成立していることが示されました。

いっぽう早産児をみると、在胎週数相当に達したグループでも正期産児に比べれば小世界指標がやや低く、感覚運動や注意制御など、多くのネットワークで未熟な結合のまま成長している可能性が示唆されたのです。

とくに妊娠後期(第3期)を迎える前に産まれた早産児(在胎週数前にスキャンされたグループ)では、脳の統合度合いがさらに顕著に低く、複数の領域で未熟な状態が確認されました。

ただ逆を言えば、本来ならば生まれる前の早産児の段階でも、かなりのケースでスモールワールドの指標が基準値を超えているとも言えます。

これまでは未熟な脳では「高次の意識や複雑な認知機能はまだ形だけ」という見方が長く一般的でした。

しかし、本研究は圧倒的な数の被験者データと高精度の解析手法を組み合わせることで、生まれた直後の脳がすでに“大人のような小世界ネットワークの土台”を備えはじめている可能性が高いことを示唆したのです。

しかも早産によってそのネットワークが大きく変容し得る点が明らかになったことは、意識や言語、注意力など高次機能の発達過程を捉え直すうえで極めて重要と言えます。

これだけ多層的かつ大規模に新生児期を俯瞰し、小世界構造がいつ・どの程度形成されるかを明確に示したという点にこそ、本研究の革新性があるのです。

意識の萌芽か、単なるネットワークか――赤ちゃん脳をめぐる新たな視界

意識の萌芽か、単なるネットワークか――赤ちゃん脳をめぐる新たな視界
意識の萌芽か、単なるネットワークか――赤ちゃん脳をめぐる新たな視界 / Credit:Canva

今回の研究が提示した最も重要な知見は、誕生して間もない新生児の脳が、大人の脳にもみられる“スモールワールド”ネットワークをすでにある程度備えている、という点にあります。

これまでは「赤ちゃんの脳は未熟で、外界からの刺激を受けて徐々に学習していく」という考え方が主流でしたが、今回の結果からは“意識や複雑な認知を支える土台が、実は胎内にいる段階でかなり整い始めている”という可能性が示唆されました。

まず、正期産児が生まれた直後から示したスモールワールド性は、脳が高効率で情報をまとめ、必要な部分にだけ集中的に働きかけられる構造をすでに持っていることを意味します。

これは「外界の刺激に対する反応が早々に洗練されている」という解釈や、「意識や注意配分など高次機能の準備段階が誕生前から進んでいる」という見方を裏付けるものです。

一方、早産児においてはこの構造の完成度が正期産児より低く、特に妊娠後期を迎える前に生まれたグループほど顕著な違いが確認されました。

つまり、胎内で本来期待される“脳のネットワークづくり”の重要期間が短縮されることで、いくつかの領域や機能の成熟に影響が及んだ可能性が高いと考えられます。

もちろん、こうした“未熟さ”が長期的にどの程度影響を及ぼすのかは、まだ断定できません。

早産児であっても在胎週数相当(TEA)に達すればかなりのネットワークを取り戻す例も多く見られ、大部分は後から補われるという見解も成り立ちます。

早産による差異は、新生児期で一時的に大きく見えても、その後の脳可塑性(脳が環境に応じて柔軟に変化する性質)によって相当程度カバーされる可能性があるわけです。

逆に、未成熟な状態のまま脳が刺激を受けたことで、新たな結合パターンが生まれ、むしろ特定の学習や適応を早める場合もあるかもしれません。

つまり、「小世界性の低さ=不利」とは必ずしも言い切れず、その解釈には慎重さが求められます。

さらに、「スモールワールド構造が確立している」とはいえ、それが即“意識の存在”を直接示すわけではない、という点にも注意が必要です。

そもそも意識を脳内ネットワークのどの指標で捉えるべきか、その議論は今なお続いています。

たとえば、このネットワークは“意識の萌芽”を支えているのか、それとも“意識の前提となる情報統合のための基礎回路”に過ぎないのか――ここは今後の研究課題といえます。

ただし、いずれにせよ新生児が想像以上に複雑な情報処理能力を秘めているのは確かであり、従来の「生まれたての赤ちゃんは何も分からない」というイメージが見直されるきっかけとなるでしょう。

この研究が意義深いのは、“いつ”脳ネットワークが形成されるのかという疑問に、胎内環境の重要性を絡めて再度問い直したことにあります。

特に早産児を2つの時期(在胎週数相当とそれ以前)でスキャンし比較した点は、大規模なデータ解析を踏まえて脳発達のタイムラインを具体的に描き出す試みに成功しています。

今後は、これらの違いが発語や認知発達の経過、さらには社会性や情緒面での成長とどのように関連していくのか――そういった縦断的な研究が進むことで、新生児期の脳がもつポテンシャルを一層深く理解できるようになるでしょう。

こうした知見が、早産児のケアや育児方針の改善だけでなく、「私たち人間はいかにして意識や複雑な思考を手に入れたのか」という根源的な問いに対しても、重要なヒントを与えてくれるはずです。

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元論文

Typical and disrupted small-world architecture and regional communication in full-term and preterm infants
https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgaf015

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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